あやさきけ2

□海水浴へ行こう
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 …



 時は夕刻。
 昼間のような燦々と照りつける太陽は身をひそめ、今は綺麗な夕日が水面を照らしている。

 心ゆくまで海を堪能した綾崎家の面々は今は落ち着き、砂浜にBBQセットを組んで、その周りを囲んでいる。
 BBQセット、ということで、本日の夕餉はBBQである。
 じゅう、と肉の焼ける音を聞きながら、アイカが手に持っているトングでリズムをとっている。

「おっ肉♪ おっ肉♪」
「野菜も食べなさいよー?」
「わかってるよー。でもまずは肉!」

 ムハー、と鼻から出る息は荒い。
 肉食系幼女、ここにありである。

「ははは……もう少しで焼けるから」
「この食い意地……母似だな」
「なんですって? ナギ?」
「……ナンデモナイ」

 そんな様子を、ビール片手に楽しげに見つけるのは大人たちである。
 鼻孔をくすぐる肉の焼ける匂いと、可愛い娘や妹分。
 酒の肴には充分すぎる。
 だからこそナギやヒナギクの会話にも棘はなく、むしろ楽しげだ。

「ほら、もうそろそろいいよー」
「本当!?」

 ハヤテの声に、アイカの目が輝いた。

「よぉぉぉし! 食べるぞ」
「あ! 慌てると危ないよ!?」

 ハヤテの横でずっとスタンバっていたアイカが、驚くべき速さでトングを出す。
 言葉であらわすのであれば、その速さはまさに疾風の如く。
 タレにつけ、熱も冷まさぬうちに口に入れ、はふはふと頬張るその姿はまさに天使。

「う……うまーーい!!」
「そう? それは良かった」

 娘の幸せそうな表情を見て、ハヤテの顔も綻ぶ。

「ほら、まだまだ一杯あるから。そんなに慌てないで」
「うん!」

 食べ盛りの子供というのはここまで凄いのだろうか。
 肉を口に含んでは直ぐに胃の中へ消え、また紙皿には新たな肉が乗せられる。
 我が娘ながらその食欲には驚かされる。

「ちょ、ちょっとアイカ……そんなに食べたらお腹壊すでしょ?」

 流石に食べ過ぎではないか、とヒナギクが心配して声をかける。
 しかしアイカはそれを一蹴。

「肉は別腹!」
「……そ、そうなんだ」

 肉を咥えるその目は、完全に獲物を狩るハンターのそれ。
 あまりの眼光に、ヒナギクが思わずたじろぐ。

「肉……ふふふ。肉……」
「ね、ねえハヤテ……」
「なんだい?」
「ちょっとアイカ食べ過ぎなんじゃ……」

 そろそろ落ち着かせたほうがいいのでは、と笑顔で肉を焼いているハヤテにヒナギクが言うが、

「大丈夫だよ」

ハヤテは変わらぬ笑顔で、新たな肉を網の上に乗せる。

「子供は一杯だべたほうが良いんだよ」
「それは……そうだけど」

 腑に落ちない様子のヒナギクの頭を、わしゃ、とハヤテは撫でた。

「大丈夫だから。ね?」
「……もう。分かったわよ」

 そんな笑顔で言われたら、納得するしかないじゃない。
 拗ねた表情を見せはするものの、乗せられた手を払うことなど出来ない。

「ヒナギクはいい子だねー」
「うるさい。ばか」

 悪態をつきながらも、ハヤテの側を決して離れないあたりは流石と言える。

「むー……」

 そんな二人の間を、カチカチと音を鳴らしたトングが遮った。
 こんなことをやる相手は一人しかいない。 

「パパ、ママ! いちゃいちゃしすぎィ!」
「やっぱりアイカね。危ないじゃない」
「娘一人差し置いて、信じられないよ!」
「あら? 私とハヤテはアイカが幸せそうに肉を食べているのを眺めていただけよ?」
「ただ眺めていただけだったらどうしてパパがママの頭撫でるんだコラァ! 肉よこせコラァ!」

 カチカチとトングを鳴らしながら喚くアイカに、ヒナギクの頭がカチンと来たようだ。

「コラァ……? ちょっとアイカ。私に向かってその言葉遣いはなんなの……?」
「コラァはコラァだよママァ……! 炭酸じゃないんだよコラァ!」
「知ってるわよ!」
「ちょ、ちょっと二人共……」

 肉を焼く炎とは別の炎が綾崎家の間に上がったのを、ナギと一樹は眺めていた。

「相変わらず仲いいなーあいつら」
「ですねえ」

 外出出来なかった、とかでここ最近のアイカはどことなくしおらしかったように思えていたのだが、今の様子を見る限りだといつも通りのアイカに、いや、綾崎家に戻ったように感じられる。
 渋々連れだされてきた今回の小旅行ではあったが、

「……来て良かったでしょ? ナギお嬢様」
「……うるさい、ばーか」

 心の中を言い当てられて、ナギはジト目で傍らの一樹を睨んだ。

「また来ましょうね」
「……ふん。考えてやらんでもないぞ」

 そう言って目を逸らしたナギの顔は、少し赤かった。

(全く、また来たいならそう言えば良いのに)

 素直じゃないなあ、と一樹は苦笑いを浮かべると、ぽん、と小さな頭に手を乗せたのだった。



 …



 ガタンゴトン。
 電車は揺れる。
 揺れに合わせて体が傾くのを感じながら、ハヤテはまわりに目をむける。
 ヒナギク、アイカ、ナギ、一樹。
 今回の小旅行を存分に楽しんだ面々は、遊び疲れだからだろうか、皆座席に身体を預けて気持ちよく眠っている。

「こうしてみると……皆子供みたいだなあ」

 試しに傍らのヒナギクの頬をつついてみると、「ううん」という呟きとともに、煩そうにその指をどかされた。
 そんな妻の子供っぽい反応に小さく噴出しつつ、ハヤテは旅行に来たことを改めて良かったと思う。
 忙しかったせいもあるが、ここ最近は家族の時間というのものを設けてあげられなかったことをハヤテ自身後悔していた。
 もちろんハヤテもそのことは分かっていたし、アイカが不満を抱いていたこともヒナギクに聞かされていた。
 故に、今回旅行の申し出は正直ありがたかったし、旅行へ行くことを快諾してくれたマリアには改めて礼を言わなければならない。
 それだけ今回の旅行は有意義で、楽しかった。

 真っ白な砂浜を駆け、どこまでも続く青い海を泳ぎ、バーベキューの味に舌鼓を打つ。
 ここ最近で最も充実し、楽しかった一日だった。
 そんな一日だけの旅行の思い出に浸っていると、
 
「うーん……」

 正面に座るアイカが口を開いた。
 寝言であろう。
 話す相手もいないので、続く言葉にハヤテは耳を傾けると、

「もう食べられないよぉ……」
「……あはは。夢の中でも食べてるのか」

 テンプレのような寝言に、ハヤテは小さく笑ってしまう。
 夢の中でもアイカはバーベキューをしているのだろうかと、そんなことを思いながら。
 隣のヒナギクを起こさないように静かに席を立ったハヤテは、アイカの傍に寄ってその小さな頭を撫でた。
 起きる気配はない。
 そのことを確認したハヤテは、撫でる手だけは止めずにアイカの耳元に囁いた。



「また、来ような」


 来年また今回のような旅行が出来るかどうかは分からない。
 しかし、来年じゃなくても再来年、その先ずっと。
 家族や友人たちとともに、こんな風に笑いあえる日々が続いていくためにも、もっと頑張ろう。
 皆が静かに寝息を立てる中、ハヤテはそう強く思ったのだった。



 がたんごとん。がたんごとん。
 電車は走る。



 走る電車が出発した駅の向こうでは、彼らが楽しい一夏を過ごした海が、太陽の光に照らされながら、静かに揺れていた。






END




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