ヒナの使い魔
□第八章
2ページ/7ページ
トリステイン学院に『土くれのフーケ』が現れ、学院の宝庫から『破壊の杖』が奪われた翌日。
ハヤテ、ヒナギク、キュルケ、タバサ――フーケの犯行を目撃した唯一の者――の四人は、朝早くから学院長室に呼び出されていた。
「さて」
その学院長室の椅子に座りながら、オールド・オスマンは重々しく口を開く。
「それでは昨夜のことについて話を聞こうかの」
「話、って言われましても……」
オスマンに見つめられ、ハヤテは言葉に詰まった。
「僕自身、よく分からなくて……」
昨日のことを思い出す。
高所から吊るされたり、火の玉で狙われたり、竜に咥えられたり。
そんな、普通に生きていれば経験することのないであろう事の最中に、突然現れたのだ。
ゴーレムとフーケが。
地面からゴーレムが現れたかと思えば、杖を奪って逃げていった。
どのくらいの時間の間にそれらが行われたのかわからないが、ハヤテにとっては一瞬、まさに言葉通り、『魔法にでも掛けられたかのように』思えるくらい、一瞬の出来事だったように思える。
「まぁそこまで詳しく聞こうとは思っておらんよ」
難しい顔をして考えていたからだろうか、オスマンが苦笑を浮かべながら言う。
「些細なことでもいいのじゃ。少しでも情報が欲しい。でないと、いつまで経っても騒ぎが収まらんからの」
「……」
言葉が終わると、オスマンは視線をハヤテから背後の窓へと向けた。
ハヤテたちも、その視線の先を追う。
視線の先では、教師達が慌しく駆け回っている。
中には、何かを言い争っているような者もいる。
恐らく、どちらの原因も……昨日の事だ。
「……結構な騒ぎになってるんですね」
「そりゃそうじゃよ。なんたって我が学院の宝が、堂々と盗まれたのじゃからな。教師達も相当イラついておる」
ハヤテの言葉に、昨晩の当直の教師を解雇するという話も出たくらいじゃ、と溜息混じりにオスマンは答える。
「恥ずかしい話じゃが、君たち以外に犯行を見たものがいない。情報源が君たちしかいないのじゃ」
本当に打つ手がない、ハヤテの目にはそう見えた。
ならば、少しでも状況が良くなるのであれば。
「…………本当に、少しくらいしかお力になれませんが」
「構わんよ」
その少しのために、出来ることをしなければならないだろう。
使い魔とはいえ、自分もこの学院にいさせてもらっているのだから。
「フーケは……『土くれのフーケ』は、街で聞いた噂通り、土の魔法を使っていました」
「ふむ……その魔法とは?」
「えぇっと……」
「『ゴーレム』です」
魔法のことについて問われ、なんと言っていいか分からないハヤテに変わってヒナギクが答えた。
「巨大なゴーレムをフーケは操っていました」
「ほう、ゴーレム」
「はい。ゴーレムといっても、異常なまでの大きさでした。恐らくフーケの魔法使いとしてのクラスは『トライアングル』以上ではないかと」
「……トライアングル、のぅ。破壊の杖を持ち出した方法は?」
「ゴーレムで宝庫の壁を壊し、壊した穴から中に入り、持ち出したんだと思います」
「壊した? 宝庫の壁を?」
「はい」
「…………おかしいのぅ。宝庫の壁はトライアングルクラスの魔法で壊れるはずはないんじゃが……」
ヒナギクの言葉の後、オスマンは顎に手を当てながら何やら独り言を呟いた。
「? ミスタ・オスマン?」
「あぁいや、何でもない。それで? 破壊の杖を奪った後、フーケはどこへ逃げたのじゃ?」
「それは―――」
『フーケは現在、森の廃墟にいるそうです』
ヒナギクの言葉を遮ったその声は、入り口の方から聞こえてきた。
「ミス・ロングビル! この一大事にどこへ行っておった!?」
厳しい声を上げるオスマンに、ロングビルは涼しげな表情を浮かべる。
「申し訳ありません。朝目覚めてからのこの騒ぎの原因が、宝物庫の壁のサインから『土くれのフーケ』の仕業と思い、急ぎで調査に出てまいりました」
「調査?」
「はい」
ロングビルは頷くと、ポケットから何やら書かれた紙を取り出し、目で追いながら読み始めた。
「先ほども申した通り、フーケは現在、森の廃墟にて身を潜めているようです。情報源は近くに住む農民です」
「で、どうしてそれがフーケだと?」
「何でも昨日の夜、森の廃墟に入っていく黒いローブ姿の男を見た、と」
「黒いローブ……?」
「む? 何か知っているのかね、ミス・ヴァリエール?」
「はい。昨日私達が見たフーケの姿……確かに、黒いローブ姿でした」
ヒナギクの言葉に、ハヤテやキュルケも頷いた。
「顔が見れなかったので性別はわからないのですけど……でも、仮に男だとして、その人物がフーケである可能性は低くはないと思います」
「ふむ……して、その場所はここからどれくらいかかる距離なのじゃ?」
オスマンの問いに、ロングビルは答える。
「大体、徒歩で半日、馬で4、5時間といったところでしょうか」
「なるほど」
ロングビルの言葉に、オスマンは深く頷いた。
「ならばフーケが逃げてしまわぬ内に何とかせねばならぬな」
「では、直ちに王室連絡を」
「待て」
学院長室から出て行こうとするコルベールを、オスマンが手で制する。
「しかし学院長!」
「自身に降りかかった火の粉を振り払えもしないで、何が貴族じゃ! 魔法学院の宝が盗まれたのだからこれは我々、トリステイン魔法学院の問題じゃろう!」
声を荒げるコルベールに対し、オスマンの声も大きくなる。
そのボリュームを下げないまま、オスマンはその場の者全員を見渡し、言った。
「これより捜索隊を編成する! 有志の者は杖を掲げよ!」
オスマンの声に、誰も答える者はいない。
自分以外から有志が出ることを望んでいるような、そんな風にも見えた。
「……おらんのか? 誰も」
オスマンの目が細く、鋭くなる。
老人とは思えないほどの威圧感がそこにはあった。
沈黙と威圧が、学院長室を漂う。
「私が行きます」
誰もが手を挙げない中、すっと杖が上がった。
ヒナギクだった。
「ミス・ヴァリエール! あなたは生徒じゃないですか!」
シュヴリーズが驚いた声を上げる。
しかしヒナギクは強い意思が込められた瞳で、キッと彼女を見返した。
「誰も挙げないんだもの。誰かが行かなければならないのなら、フーケの魔法を見たことのある私が適任じゃないですか」
「しかし……!」
「じゃあ先生が行ってくれますか?」
その言葉に、シュヴリーズは黙ってしまう。
ヒナギクたちのそんなやり取りを見ていたハヤテは、
「じゃあ僕も」
迷うことなく、杖がないので手を挙げる。