あやさきけ

□Before After
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 桂ヒナギクとは、とても聡明である。
 成績優秀、容姿端麗、才色兼備。
 あらゆる状況を冷静に判断し、最適の対応をすることが出来る。
 また武術にも長けており、剣道部の主将を務め尚且つ剣道部内最強。
 学業においても校内順位は常に一位。
 高校一年生から白皇学院の生徒会長を三年間務め、最優秀生徒に与えられる銀時計を三つも所持。
 それらの殊勲が才能によるものではなく、全て己の努力によって得たものであるからこそ、学院の誰もが羨み、誰もが憧れ、誰もがそうなろうと目指した。



 お気に入りのパンツは、フリルのついたオレンジ。



「…だったのにな」

 手帳を閉じて、美希はため息を付きながら呟いた。
 心の底から呆れている目で見つめる先は、綾崎家のリビング。

「な…なによ? ていうか、余計なことまで話してるんじゃないわよ」

 その中心に居座る彼女は、読まれた内容にバツの悪い顔をする。

「いや、この情報はヒナ提供だぞ?」
「忘れたわよ!」

 彼女は件の桂ヒナギク。
 もっともそれは旧姓で、現在は結婚して綾崎へと苗字が変わっている。
 そんなヒナギクの周りは何ともまぁ、ナギを5、6時間一人で留守番させたくらいに散らかっていた。

「逆切れされても困るんだがな……」



 花菱美希が綾崎邸へ遊びに来てみれば、リビングは既にこんな状態だった。

 取り敢えず中央にいたヒナギクに理由を聞いて、その内容に美希はすっかり呆れた。
 高校時代から愛用しているデータ帳から昔の桂ヒナギク像を読み上げたのは、そんなヒナギクに対する小さな皮肉だった。

「いくらハヤ太君が大好きだからとはいえ、アイカが彼のTシャツ着たくらいでここまでするか?」

 呆れ返ったまま、美希はヒナギクに言った。
 そう、この部屋の散らかり様、実行犯はヒナギクだったのだ。
 理由は今美希が呆れながら仰られた。


「お前…自分の子供と夫のTシャツとりあってどうするんだよ……?」
「う…だ、だってあれは…」


 その言葉に赤くなりながらも、ヒナギクは美希を睨む。
 ちなみにこの惨状の根本の原因であるアイカは、美希の訪問の隙を突いてハヤテの所へ逃げこみ、ハヤテと仲良く買い物中。


「あれ…ってTシャツ?」
「うん…」

 と。
 小さく呟かれたヒナギクの言葉に美希が尋ねると、彼女は小さく頷いた。
 そしてここまで暴れてしまった理由を、言う。


「だってあのTシャツは、私とハヤテが買った初めての『ペアルック』だったんだから…」
「………」

 なんとも言いがたい沈黙が、綾崎家のリビングに漂った。

「お前……その歳でペアルックって……」
「な、何よ! 思い出に浸ることぐらい良いじゃない!」
「いやだって……」

 そこで美希は、言葉を区切った。
 これ以上聞くのも何だか馬鹿らしくなったからだ。

「これはね、ハヤテとのデートで行ったお店でね……」

 聞いてもいない惚気話を語り始めるヒナギク。
 心底どうでもよかった。


「………」

 ただ、目の前でいやんいやんと身体をくねらせるヒナギク、そんな彼女が凛としていた高校時代が懐かしい…そう思った。
 これ以上惚気話を聞きたくない美希は、取り敢えずこのリビングを片付けることにした。
 綺麗好きとまでは自分はいかないけれども、いくらなんでもこの部屋の散らかりようは頂けない。

 やれやれ、と美希は深いため息を一つ吐くと、今だ一人トリップをしているヒナギクに声をかけた。

「ほら、いつまでニヤけてるんだ。早く片付けるぞ」
「えぇ? ニヤけてなんかないわよぉ」
「どの顔でそんなことを言うんだよ。どの顔で」
「えへへ……」
「……ふぅ…」

 どうやら今のヒナギクは、聞く耳というものを持っていないらしい。
 アイカへの怒りも忘れ、ハヤテのTシャツを幸せそうに抱きしめているヒナギク。

「普通は私がもてなされるはずなんだが………」

 高校時代と比べ、遥かに変わってしまったその姿に、ため息をつくしかない。


「………まぁ、不幸になるよりは全然良いか」


 けれども、思い出のTシャツを幸せそうに抱きしめるヒナギクを見れるのもまた新鮮でいいかもしれない。
 そんな、少しばかり優しい気持ちになった美希は、散乱した部屋の掃除を始めるのだった。





End




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