あやさきけ
□母親の悩み
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「ほらこっちだぞーアイカ」
私の目の前を、生まれてからもう一歳になった娘が通りすぎ、そのまま玩具を持つナギへと向かっていく。
「おーよしよし。アイカはホントにいい子だなぁ」
そしてそのままナギに抱き抱えられ、ふにふにの頬にナギが頬を擦り寄せた。
「うむ、やはり愛花は可愛いな! そう思うだろ? マリア」
【悦】。
アイカを抱き抱えるナギの表情を一文字で表すとしたらそれ以外見当たらない。
こちらから見たら、赤ん坊を抱きかかえながらハァハァしてるアブナイ子に見えてくる。
そう思う私の心境を知ってか、または同じことを思っていたのか、マリアさんはあはは、と苦笑していた。
「もぅ……」
私はため息を吐きながらも、ナギと楽しそうにじゃれる娘に目を細めた。
私とハヤテの間にアイカが生まれたのは、成人式を迎えた年。つまり去年の冬のことだ。
たくさんの愛情を注いで元気な可愛い子に育って欲しい。
そういう私たちの願いが込められてつけられたのが「愛花」という名前だ。
今こそまだ短いが、私譲りの桃色の髪に夫譲りの水色の瞳を持つ愛娘は、この世のものではないと思ってしまうくらい可愛い。
まぁこれが世に言う親バカというものなのだろうが、それを寧ろ誇りに思うくらい、私たちはアイカを愛している。
そんなアイカは当然の如く、みんなに可愛がられている。
私やハヤテ君は勿論の事、此処にいるナギやマリアさん、お義母さんやお姉ちゃんエトセトラエトセトラ…。
たくさん注がれる愛情の中で、アイカは幸せそうに笑う。
親として、それが何より嬉しい。
自分たちが注いでもらえなかった親の愛情を、こうして自分の娘に与えてられることが幸せに思う。
(………でも、ね)
だが。
その一方で、これまた深刻な悩みがある。
本当に深刻な悩みだった。
「ま〜ま」
「む!? ア、アイカ……私の事をまたママと言ってくれたのか!」
「ま〜ま、ま〜ま」
「……はぁ……」
深刻な悩み、それはアイカがナギを「ママ」と呼んでしまうことなのである。
忙しい時にナギに面倒を見てもらっていた所為なのかはわからないが、毎日遊びにやってくるナギを、アイカは母親と思っているようなのだ。
普段ナギと二人でアイカと遊んでる時も、
『アイカー』
『アイカ、こっちにくるのだ』
母親と遊び相手という二択でも、迷う事なくアイカはナギの元へ向かう。
自分の娘が可愛がられているのは嬉しいことなのだが、母親は私ということを示さなければならない。
そのために日々、愛情を持って接しているのだが――
「ま〜ま」
「ははっ。どうした愛花」
「なんでナギばっかりに行くのよぉぉぉ!?」
相変わらず、三人で遊ぶ時はナギに軍配が上がってしまうのであった。
腹を痛めてこの娘を産み、愛情を溢れるくらいに注いでいるというのに、これではあんまりではないか?
「不公平よ! 陰謀よ!!」
「誰のだよ」
「ま〜ま♪」
あぁ愛しき旦那様。
「だからアイカ! ママは私よ!?」
このままじゃ私、母親の面子が保てないかも……。
一人焦燥感を抱いている私など知らぬというかのように、ナギの腕の中でアイカが嬉しそうに笑った。
End
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