あやさきけ

□幸せな心配事
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 幸せな結婚式から早一年。
 私たちの幸せは、当然の如く今も続いていた。

「ほら、ヒナギクゆっくり座って」
「もう、大丈夫よ」

 広大な三千院家の敷地内にある、三階建ての一軒家が私たちの家。
 その家の重厚なソファに、私は愛しい夫と二人で腰を下ろした。

「大丈夫じゃない! ほら、僕が支えてるから……」
「だから大丈夫なのに」

 しかし今年の冬の頃には、私たちの家は『三人』の家になる。


「その油断がダメなんだよ? 少しの無理も駄目。もうすぐ出産なんだから」

 私のお腹にはもう一つの命が生きている。
 先程言ったとおり、この冬出産予定の私たちの愛の結晶。

「早く産まれないかなぁ……」
「ふふ。 心配しなくても、私が頑張るから」

 私がそう言うと、優しくハヤテは微笑み、すっかり大きくなった私のお腹を大事に撫でた。

「じゃあ僕、仕事してくるね」
「あら? じゃあ家事は私が」
「毎回言ってるけど、ヒナギクは妊婦なんだから。もう一人の身体じゃないの。僕が家事くらい全部やるよ」

 だからヒナギクは休む、とハヤテはそう言って家事を始めた。
 鼻歌なんか歌っちゃって、本当に楽しそうだ。

「……もう」

 そんな彼を見て、私はため息を吐く。
 子供が出来たと言って以来、ハヤテは私にほとんど家事を任せてくれない。
 彼が家事を引き受けるたびに執事の仕事を優先させるように言うのだけど、彼の主人であるナギも、

『子供が産まれるまでは仕事はするな』

 とか言う始末だ。
 私が今やっている家事なんて、ハヤテと二人で行く買い物くらい。
 それでもかなり気を使われる。

 ナギも、美希も、泉も、理沙や他のみんなも、会う度に私を気遣ってくれる。
 その中でも当たり前というか、ハヤテの気の使いようは凄い。

「全く……心配性なパパよね?」

 『子供のために』をモットーに笑顔で働いているハヤテを想い、思わず頬が朱くなる。

「……この子ばっかりに構って、私には構ってくれなくなるのかしら……?」

 でもその反面、ちょっとだけ寂しいのが本音だったりするのだ。

 情けなくも、まだ顔も見ぬお腹の中の我が子に私は嫉妬している。
 子供は私たちの宝物だけど、それでもやっぱりハヤテは独占したいと思ってしまう。

「あはは……。パパもママも、贅沢な悩みよね」

 心配なんてしなくても、ハヤテが二人を愛してくれることなんて、当たり前の事だと思っているのがわかるから。
 それでも心配する私はどれだけ心配性なのか。

「ハヤテ、早く戻ってこないかなー」

 なんて、ハヤテの事を考えたら寂しくなってしまった。
 ただ二階の部屋で掃除機をかけてるだけなのに、彼を待つ時間が、一分が十分、十分が一時間にも感じてしまう。
 本当に情けない。
 『完璧超人』なんて呼ばれていたらしい私が、思わず笑ってしまう。

 ハヤテに逢う前の自分と比較してみて、思わず笑みが零れた。

「……こんな事で私、これから先大丈夫かしら?」

 思わずそう、呟く。
 この子が産まれ、その分大変な事もあるだろう。
 でも、幼い頃に失った『家族の時間』を、私たちはその幸せを噛み締めることができるのだ。
 その時間を得るための段階で、大丈夫なのだろうか?

 私は嫉妬深くて、心配性で、寂しがりで、それでも、もうすぐ私は一児の母親になるのだ。
 母親になる、という感覚がまだ曖昧な私だけれど。

「……こんなママだけど、許してね?」

 それでもハヤテとこの子、合わせて三人で生きていけば、きっと何事もうまくいくだろう。
 そんな確信を胸を馳せて、私たちの宝物にそう言って笑いかければ。

「あ、動いた」

 まだ見ぬ両親の様子に呆れているかのように、私たちの宝物は私のお腹を元気に蹴ったのだった。



End



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