短編 2nd

□喧騒と優しさに包まれながら
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「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、ハヤテ君」

 慎ましいホールケーキに、小さな蝋燭が数本。
 夜の生徒会室は薄暗闇に包まれ、その数本の炎と月の光だけがその場の二人を照らしている。

 春の足音が聞こえてくる今日、三月三日。
 生徒会室の主はこの日、その生命が誕生した日を迎えた。



『喧騒と優しさに包まれながら』



 僅かな明かりに包まれながら、桂ヒナギクは静かに蝋燭の日を消した。
 自分たちを間近で照らしていた存在は消え、月の光だけが二人に照りつぐ。
ヒナギクが蝋燭を消したのを見届け、ヒナギクの傍らに座っていた綾崎ハヤテが、再度祝いの言葉を言った。

「改めて、お誕生日おめでとうございます」
「改めて、ありがとう」

 ハヤテの言葉に、ヒナギクは笑顔で答える。

「こうして誕生日をハヤテ君と迎えられるなんて、本当、嬉しい」
「僕もです」

 ヒナギクが肩を寄せてきたので、ハヤテも同じようにヒナギクの細肩に肩を寄せた。
 肩が触れ合い、ヒナギクの体温がハヤテに伝わってくる。

「ヒナギクさん、暖かいです」
「ふふ。ハヤテ君こそ、とっても暖かいじゃない」
「そうですか?」
「そうよ」

 二人して可笑しそうにくすくすと笑いながら、互いの体温をその身でしっかりと感じ取る。

 そのまま静かに目を閉じれば、ひな祭り祭りの喧騒が耳に届いてきた。
 祭りの熱気も、まだまだ冷める様子はない。

「こうしていると思い出しますね」

 祭りの喧騒を静かに聴きながら、ハヤテが呟く。

「初めてヒナギクさんの誕生日を祝ったときも、こうして二人で生徒会室にいたじゃないですか」
「あの時はハヤテ君が大遅刻したのよね、確か」

 ヒナギクの言葉に、ハヤテが「う…」と喉が詰まったような声を出した。
 当時の事を思い出したようだ。

「……あの時は本当にすみませんでした」
「ふふ……。今回はちゃんといるんだから、許してあげる」

 そんなハヤテを可笑しそうに笑いながら、ヒナギクはハヤテの身体に腕を回した。

「だから、今日はずっと一緒なんだから!」

 ハヤテの腕に頬を寄せるヒナギクはまるで猫のようだ。
 その姿を愛しく思いながら、ハヤテもヒナギクと同じように、ヒナギクの身体に己の腕を回した。

「そうですね、ずっと一緒にいましょう」

 耳元にそっと呟くと、ヒナギクは嬉しそうに、くすぐったそうに笑う。
 夜更け、というにはまだ時間がある。
 あと数時間は二人きりでいられる。

「……ねぇハヤテ君」
「はい?」
「プレゼント、頂戴?」
「……喜んで」


 名前を呼ばれ、振り向いたハヤテの眼前には、ヒナギクの唇があった。
 その唇にハヤテは自分の唇を重ねた。


 再び、祭りの喧騒のみが聞こえてくる。


「……今だけはちょっとロマンチックじゃなかったかな」


 いい雰囲気を台無しにされた気分だわ、と呟くヒナギクだったが、


「でも、こんな誕生日の夜も悪くないわ」

 静かな夜で祝う誕生日も良いけれど、こんな誕生日も良いのかもしれない。
 生徒会室のテラスから聞こえる生徒たちの声に、ヒナギクは目を細める。

「何だか、皆が私を祝ってくれているみたい」
「それは間違いではないと思いますよ」

 そんなヒナギクに相槌を打ちながら、「でも、」とハヤテは言葉を紡いだ。

「ヒナギクさんを祝う気持ちが一番強いのは僕だと思いますけどね」
「クスッ……何よそれ」
「事実ですから」
「本当、ハヤテ君はバカなんだから」

 ハヤテの言葉に、ヒナギクは照れくさそうに笑う。
 照れくさそうに笑いながら、ヒナギクはハヤテは二度目のキスをハヤテに強請る。

「……だったら、もっとプレゼントを頂戴?」
「喜んで」

 ハヤテの言葉に嬉しそうにヒナギクは微笑むと、静かに目を閉じてハヤテの唇を待つ。

「お誕生日おめでとうございます、ヒナギクさん」
「……ん」

 二度目のキスをした時、再び耳には祭りの喧騒が入る。
 しかしそんな喧騒すら、自分を祝福するバースデーコールのように思えて、もっとこの時が続けばいいとヒナギクは思う。

 生徒たちの楽しい宴も、恋人たちの優しい宴も。

 溢れる喧騒と静けさ、矛盾する二つの優しさの中にその身を預けながら、


「………ありがとう」


この綺麗な月明かりの下で、負けないぐらいに美しい笑顔を、ヒナギクは浮かべたのだった。




End


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