短編 2nd

□アホ毛
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「あれ? ヒナギクさん」
「え?」

 もはや当たり前となってしまった、放課後のハヤテ君との共同作業。
 書類の山と格闘していた私にハヤテ君の声が掛けられたのは、その作業も半ばにさしかかった時だった。

「ここ、毛が」
「へ?」

 隣で仕事をしていたハヤテ君の細白い指が、私の髪に触れる。

「ひゃ…」

 突然の行動とこそばゆさに思わず声が出てしまうが、ハヤテ君は気にした様子もなく、

「アホ毛、出てますよ」

 旋毛辺りの髪を抓みながら、言った。




「……アホ毛?」
「はい」

 ハヤテ君の言葉に一瞬戸惑うが、その意味を理解して思わず頬が熱くなった。

「――――っ」
「あっ」

 恥ずかしさで毛を掴んでいたハヤテ君の手を払う。
 私だって女の子、一応身嗜みには気を使う。

「……痛いですよ」
「わ、悪かったわよ」

 残念そうにこちらを見つめるハヤテ君の視線を受けながらも、手鏡で旋毛辺りを反射させると、確かに細くまとまった一束の毛がぴょんと飛び出していた。

「(うわ〜〜〜!!)」

 さらに頬が熱くなる。
 手を被せても、バネのように再び起き上がってくる。
 不幸なことに、今日は櫛を持ってきていなかった。

「な、直れこのっ!」

 無駄だと分かりつつも手櫛で梳いてはみるが、やはり効果はない。
 美希たちならともかく、ハヤテ君に見られるなんて……っ!

 好きな人に見られた、というのが私の羞恥心の大半を占めていた。

「はぁ……」

 こうなってしまってはもうドライヤーを使うしかないだろう。
 アホ毛をそのままにして、私は深くため息を吐く。
 髪の毛一本で落ち込む私は、十分女の子だろう、と内心皮肉言いながら。

「あの……」

 そんな私に、ハヤテ君が恐る恐る声をかけてきた。
 ハヤテ君の方へ顔を向けた私に、彼は言う。

「アホ毛って……そんなに嫌なものなんですか?」
「え?」

 その表情はどこか困ったよう。

「どういう…?」
「いやあの、その……僕はヒナギクさんのアホ毛、可愛いと思ってしまったものですから」
「へ?」

 その困り顔で言われた私は、もっと困り顔。

「可愛いって…アホ毛が?」
「いや、ヒナギクさんのアホ毛が」
「? ?」

 ヤバい、どういう反応をすればいいのだろう私は。
 返答に困っていると、ハヤテ君が言葉を続ける。

「ヒナギクさんのアホ毛が可愛いなぁ―――って見てたら、ヒナギクさん凄くアホ毛気にしてたじゃないですか」
「それはまぁ……一応女の子だし」
「だからヒナギクさんのアホ毛を可愛いと思ったこと、なんか申し訳ない気がして」

 あぁ、なるほど。だから困ったような表情を浮かべていたのか。

「別にいいわよ」
「え?」

 そういうことなら、気にすることもないか。

「だってハヤテ君、私のこのアホ毛を可愛いと思ってくれたんでしょ?」
「はい」

 頷く彼を見て、私の羞恥心はなくなった。
 元々好きな人の視線を気にしてちょっとブルーになっていたのだから。
 その好きな人がこのアホ毛を好いてくれるなら、気にする心配がどこにあるのか。

「ねぇハヤテ君」
「はい、何でしょう」
「さっきみたいに……その、してくれる?」
「へ?」

 先ほどとは意味合いの違う困り顔を浮かべるハヤテ君に、「ん」といって私は頭を差し出す。
 ちょうどアホ毛がある、旋毛辺りを。

「頭、撫でて?」
「――――あぁ、そういうことですか」

 私の言葉にハヤテ君はようやく意味を理解してくれたらしい。
 「喜んで」という言葉とともに私の髪を梳き始める、愛しい彼の指。

「ご気分は如何ですか? お嬢様」
「凄く幸せ♪」

 その指の動きを心地良いと感じながら、私は身体を預けるように、ハヤテ君へと寄りかかった。

「暫くこうしてもらってもいい?」
「お気に召すままに」


 好きな人が喜んでくれるならアホ毛も悪くないな。

 そんなことを思った、幸せな放課後の一時だった。



End



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