短編 2nd

□恋愛耐性
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「そういえば」

 期末試験が終わって、我が白皇学院では夏休みが始まっていた。
 といっても課題は多いし、三年生にとっては全然休みではない時期なのだけど。

「ヒナギクさん、耐性が付きましたよね」
「は?」

 そんな時期。
 私の部屋でテーブル向かいに座っていたハヤテ君が唐突に言った言葉に、私は頭に疑問符を浮かべた。

「耐性?」
「はい、耐性」

 頷くハヤテ君を見て何のことだろうかと考える。
しかし全然、皆目見当も付かない。

「えーと……ハヤテ君、何の話かしら?」

 ここは素直に聞いたほうが手っ取り早いだろう、ということでハヤテ君に問いかけると、

「恋愛の耐性が付いたなぁ、と思いまして」

 ―――そんなお返事が返ってきた。

「……恋愛?」
「はい。恋愛の耐性です」



 ………………はい?




『恋愛耐性』




 三点リーダを六個も使ってしまったが、相変わらずハヤテ君の言っていることが理解できない私がいた。

(え? 何? 恋愛? 耐性?)

 ハヤテ君の言葉を頭で何度もリピートするが、全然意味が分からない。
 というか、手っ取り早く答えを知ろうと思って聞いたのに、ますますこんがらがった気がする。

「あのー……ハヤテ君?」
「はい、何でしょう?」

 ニコり、と優しげな笑みを浮かべてハヤテ君がこちらを見た。
 思わずときめいてしまったがしかし、今は言葉の意味を理解しないと。

「その……どういう意味?」

 素直に聞いたからこんがらがってしまったのだけど、それでもまた聞くしかない。
 だって、分からないんだもの。

「恋愛の耐性ってどういうこと?」

 恋愛と耐性のそれぞれの意味なら分かるけれど、その二つの単語がどういう意味を持って組み合わさるのかが分からない。
 頭の疑問符を増やしながらハヤテ君の解答を待っていると、

「あ、すいません。伝わりにくかったですね」

 にくかった、というか伝わらなかったんだけど。
 脳内でそうツッコミを入れて、ハヤテ君の言葉の続きを待つ。
 
「まぁ簡単に言いますと、恋愛に慣れてきたってことです」

 ハヤテ君は、そう言葉を続けた。

「……慣れる? 恋愛に?」
「はい」

 なるほど、先ほどよりは分かりやすい答えになったのだけど……。

「……それってなんだか、私が悪い女みたいに聞こえるのだけど……」

 恋愛に慣れている、って確かそういう意味合いがあったんじゃないっけ? 詳しくは分からないんだけど。
 付き合ったことのある男の人が多いから、恋愛慣れしてるっていう。

「あれ? ひょっとして私、ハヤテ君に誤解されてるの?」
「え?」

 だって、つまりハヤテ君は私のことを『恋愛経験豊富な女』って認識してるってことになるじゃない。
 ……そんな!

「失礼ね! ハヤテ君以外と付き合ったことなんてないわよ!」
「すいませんすいません! そういう意味じゃないんです!」
「じゃあどういう意味よ!」

 大好きな人にそんなことを思われていたなんて、怒り心頭というよりも、悲しさのほうが大きい。
 初恋の相手が彼氏なのに、どうやって他の男の子と付き合えっていうのよ……。

「これですよ、これ!」

 憤る私に、酷く慌てた様子でハヤテ君はテーブルのグラスを指差した。
 ハヤテ君が来たときに私が持ってきたのだ。
 私のコップは空だけど、ハヤテ君のはまだ少し残っている。

「? これがどうしたっていうのよ」
「さっきヒナギクさん、僕のコップに口をつけましたよね」
「え? まぁハヤテ君のコップで飲んだけど……」

 それがどうしたというのだろうか。
 もし話を逸らそうというのなら、そんなことで話を逸らせるほど私は甘くない。
 というか、もしそうならハヤテ君に幻滅する。

「だから! それがどうしたというのよ!」
「それってほら、間接キスじゃないですか」
「……へ?」

 ハヤテ君が続けた言葉に、ぽかんとなる。
 間接キス?

「付き合い始めの頃とか、手を繋ぐだけでもヒナギクさんは恥ずかしがっていたでしょう? だから、平然と間接キスをするヒナギクさんを見て、慣れたなぁと思ったんですよ」

 ……えーと。

「あ、恋愛慣れってそういうこと?」
「そうですそうです。だから、別にヒナギクさんが軽い女とか、そんな意味じゃ全くないんですよ」

 誤解させる言い方ですいません、とハヤテ君は頭を下げた。
 それを見て、私は安堵の息をもらす。

「良かった……。もしハヤテ君にそんな風に思われていたんだったら、ハヤテ君を殺して私も死ぬところだったわよ」
「あはは……それは急死に一生を得ました」

 ちなみに冗談で言ったわけでなかったりする。
 しかし本当に良かった。

「もう……慌てさせないでよね」
「本当にすいません」
「私はハヤテ君一筋なんだから」

 私はそう言って、もう一度ハヤテ君の飲み物を口に含む。
 大きな声を出したから喉が渇いてしまった。

「んー」
「どうしました?」
「いや……」

 冷たい飲み物が喉を通るのを感じながら、ハヤテ君の言葉を考えてみる。
 確かに、ハヤテ君の言う通りかもしれない。

「私、あまり照れなくなったわね、確かに」
「でしょ?」
「うん」

 付き合い始めの頃は実際、手を繋ぐどころか一緒に帰ることすら照れくさかったものだ。
 間接キスなんて論外もいいところ。

「間接キスが全然恥ずかしいとは思えなくなってるもの、私」

 それが今は、こんなにも平然とハヤテ君の飲んだ物を口に含むことが出来る。
 随分と進歩したものだ、としみじみ思う。恋愛に進歩があるかどうかは分からないけれど。

「これが慣れっていうのなら、確かにそうかもしれないわ」
「でも慣れるのは良いことだと思います」
「そうなの?」
「はい」

 だって、とハヤテ君は言葉を続けた。

「それって今以上にヒナギクさんと仲良く出来るってことじゃないですか」
「へ?」
「今までは手を握っても恥ずかしがられてましたけど、そういうのが大丈夫だってことですし」
「まぁ……そうだけど」

 改めて言われると照れる。
 慣れたって言ったって恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

「あれ? ヒナギクさん照れてます?」
「……うるさいわね。誰のせいよ」
「ヒナギクさん、可愛いです」
「……ふんだ」

 まずそのニヤケ顔をやめてくれないかしら? 腹が立つから。
 そんなことを言っても、この赤い顔をどうにかしないと意味がないと思うけれど。

「あれ? もう少し慌てると思ったんですけど」
「……余り私を甘く見ないで貰いたいわね」

 意味がないと思うけれど、悔しいから反抗。
 ジト目でハヤテ君を睨みながらそう言うと、

「はは、すいません」
「…………」

 相変わらずの笑顔で笑っていた。
 その顔は正直言って、ずるいと思う。

「ヒナギクさん」
「……何よ」
「キス、しましょうか」

その顔でそんなこと言われたら、嫌なんて言えないじゃない。

「……そういうのは一々確認しないで勝手にしなさいよ」
「え?」

 だから。

 ―――素直に頷きたくないから、こう言ってやるのだ。



「――――恋愛耐性、付いたんでしょ?」




 もう少し耐性が付いたのなら、今度はこっちからハヤテ君を照れさせてやろう。
 そんなことを思いながら、私は目を閉じてハヤテ君の唇を待つ。





End






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