短編

□マカロン
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 3月14日。
 本日はホワイトデーだ。
 3月に入ってから、スーパーやコンビニではホワイトデーということで、クッキーなどが店頭に並べられているのを良く目にした。
 いつもよりも若干値段が下がっていて、それを手に取る同性を見ると、この人も彼女にお返しを渡すのだろうなぁ、と思っていた。

「はい」
「へ?」

 まぁ僕も、お返しを渡すその一人なわけなんだけど。
 相手は、僕から渡された包みを手にとって、不思議そうな顔をしている。

「バレンタインのお返しですよ」

 相変わらずこういうことには鈍いなぁと思いつつ、苦笑を浮かべながら、包みの意味を伝える。

「今日はホワイトデーですよ、ヒナギクさん」
「あ、そうだっけ?」
「そうですよ」

 相手――ヒナギクさんは今思い出したというような顔を浮かべながら、「わざわざありがとう」と言った。
 先月は手作りのチョコレートを貰ったので、今年も僕は手作りを渡すことにした。

「これ……マカロン?」
「はい」

 包みを開けたヒナギクさんが、そう言葉を漏らす。
 去年はクッキーを渡したので、今年は何を渡そうかと思っていたのだが、そこで思いついたのがマカロンだ。
 作り易いし、バリエーションも考え方次第では豊富だし、お返しにはちょうどいいかな、と思ったのだ。

「じゃあ早速頂いても良いかしら?」
「どうぞどうぞ」
「いただきます……ん」

 ヒナギクさんの小さな口に、マカロンが入る。
 毎年の事だけど、こう……自分の作った物を食べてもらうと、どうしても相手の反応が気になってしまう。
 味見はしたけれど、それでもやっぱり不安は残るものだ。
 咀嚼する時間、じぃっとヒナギクさんを見ていたのだが、僕の視線に気づいたヒナギクさんが恥ずかしそうに頬を染めた。

「どうですか?」
「凄く美味しいわ……でも、そんなにジロジロ見られると恥ずかしい」

 そんなに気にするほど見ていたつもりはないんだけどなぁ。
 でも少し食べ辛そうには見えたので、すいません、と頭を下げる。

「どうしても気になってしまうんですよね」
「もぅ……ハヤテ君が作った物なんだから、美味しいに決まってるじゃない」
「味見はしたんですけど、やっぱり大事な人に食べてもらう時は緊張するんですよ」 

 ヒナギクさんの言葉は本当に嬉しいけど、作る側としては重要な問題なのだ。
 ヒナギクさんを疑うわけじゃないけど、彼女はとても優しい人し、どんな料理であろうと、相手の気持ちを考えて美味しいという。
 正直に感想を述べて相手を傷つけないためでもあるけど、だからこそヒナギクさんの本当の気持を汲み取れないこともある。
 だから、ヒナギクさんの本当に気持ちを知るためにもしっかりと表情を見なければいけないのだ。

「本当に美味しいわよ、ほら」
「え? ――むぐ」 

 そんな事を思っていると、ヒナギクさんが僕の口にマカロンを入れてきた。
 全部は入らなかったので、半分ほどを口に入れる。

 口の中にはチョコの味が広がる。
 味見した時と、味は変わらない。

「ね? 美味しいでしょ?」
「……まぁ」

 笑顔で聞かれれば、はい、と頷くしかない。
 作った本人に感想を求められても答えに困るんだけど、でもヒナギクさんの笑顔を見る限りでは本当に美味しい、と思ってくれているようだ。

「だからそんなに気にすることはないの」
「はは……ありがとうございます」

 お返しが上手くいったところで、ようやく安堵の息を吐く。
 その様子を見て、くすくす、とヒナギクさんが笑った。

「何そんな安心した顔してるのよ。そんなに気にしてたの?」
「はは……まぁ」

 僕がそう言うと、「本当にバカなんだから」とヒナギクさんは苦笑した。
 持っていたマカロンを袋に戻すと、ぴと、と体を寄せて、僕に言う。

「でも、嬉しいわ」
「え?」
「だって、それだけ私のことを、ハヤテ君が想ってくれているってことだから」
「……それだけというのは」
「私の感想を聞くまで、捨てられた子犬みたいな不安そうな顔してるんだもの」

 そんなに不安そうな顔をしていたのかな、僕。

「……表情には出していないつもりでしたけど」
「出てたわよ、おもいっきり」
「うっ……」

 断言されて、言葉に詰まる。
 そんな僕を見て、やっぱり可笑しそうにヒナギクさんは笑う。

「まぁでも、ハヤテ君の気持ちは分かるわよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。だってハヤテ君みたいなこと、私も先月経験しているんだし」
「え? そうなんですか?」
「そうよ。気付かなかった?」

 ひと月前の事を思い出してみる。
 しかし、ヒナギクさんは特に変わった様子は見られなかった気がする。
 まさか、ヒナギクさんも僕と同じような心境にあったとは。

「全然気が付きませんでした」
「もぅ……だから鈍感なのよ、ハヤテ君は」
「痛っ」

 少しだけ頬をふくらませたヒナギクさんの指が、ぴん、と僕のでこを弾いた。

「もっと彼女を良く見なさい、彼氏さん?」

 そうヒナギクさんは言うと、何事もなかったかのように、また僕の腕をとって、歩き出す。
 ちら、と伺うその横顔は、なんだか楽しそうだ。

「……なんか嬉しそうですね」
「別にぃ?」

 言葉と表情が一致していない。
 本当に、何なんだろう。

「私の気持ちが気になるのなら、当ててみなさい?」
「え?」
「帰宅するまでの宿題ね♪」

 よーいどーん、というヒナギクさんの掛け声に、僕は若干慌てる。

「いきなりは反則ですよ!」
「言ったでしょ? 彼女を良く見なさいって」
「ですけど! ヒントとか……」
「……ヒントあげなくちゃ、分からないの?」

 上目遣いに悲しそうな顔を向けられて、言葉に詰まる。
 いくらなんでも、その表情は駄目だ。
 何も言えなくなるじゃないか。
 僕が何も言えないでいると、ヒナギクさんは、にこーっと笑った。

「じゃ、ヒントはいらないみたいね♪」
「あっ……ズルい!」
「何も聞こえなーい」

 聞く耳持ちません、という感じで、絡めている腕に力を込めながら、ヒナギクさんはまた歩き出した。

「さぁ時間が段々減っていくわよー」
「……あぁもう! 絶対当ててみますから!」
「ふふ。期待してるからね」


 半ば引きづられるような感じで、僕はヒナギクさんの内心を当てるために思考を巡らせる。

「ちょっとペースあげようかな」
「うわっ……ちょ、ヒナギクさん早い! 歩くの早い!」


 歩く速さとヒナギクさんの温もりに思考を惑わされながら見た先では。

 そんな僕をあざ笑うかの如く、ヒナギクさんの手元のマカロンの袋が、マイペースにカサカサと揺れているのだった。 

 




End



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