短編

□白銀の桜
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 三月三日、今日は雛祭りだ。
 そして私の誕生日でもある。

「お誕生日おめでとうございます、ヒナギクさん」
「ありがとう、ハヤテ君」

 大好きな人からの祝福の言葉に、私は頬を綻ばせる。
 昨年は生徒会室で祝ってもらったが、今日は私の家だ。
 家の明かりは必要最低限、電灯は付けずに、ロウソクで明かりをとっている。
 暗闇を仄かに照らすロウソクの明かりは、見ているだけで温かい。

「毎年のことながら……本当にありがとう」
「いえいえ」

 当然のことです、と笑うハヤテ君の笑顔が一番温かいのは、いつもの事。
 お義母さんは気をきかせてか、今日は家を空けている。
 だから家には私とハヤテ君の二人きり。
 こう……ムードが出ていると、変な気が起きそうだけど、私とハヤテ君なら絶対そんなことはないだろう。

「もう少し……積極的でもいいけど」
「? なにか言いましたか?」
「何でもないわ」

 こういう鈍感な所も、私の好きなハヤテ君なのだから、問題はないけど。

 食卓に並ぶ料理はカレーにハンバーグ。
 誕生日、ということでハヤテ君がわざわざ作ってくれたものだ。
 どれも手が込んでいて、相変わらずハヤテ君の料理上手が見て分かる。

「それよりも、早く食べましょ? 折角作ってくれたものが冷めちゃうわ」
「それもそうですね」

 互いに食器を手にとって、「いただきます」と手を合わせる。

「……うん、やっぱり美味しいわね、ハヤテ君の料理は」
「そう言っていただけると嬉しいです」

 口に入れた瞬間広がる風味と、噛む度に出てくる食材の味。
 それらが私の味覚を刺激して、本当に美味しいと感じる。

「でも、本当にこれだけで良かったんですか?」
「? 何が?」

 少しだけ無言で食べ進めて、料理が半分程になった頃。
 ハヤテ君が口を開いた。

「いえ……ケーキとか、もっと誕生日らしい料理を作っても良かったんですが……」
「何言ってるのよ」

 ハヤテ君の言いたい事が分かって、私は苦笑する。

「これ程の料理を食べれるだけでも、私には贅沢過ぎるわよ」
「そうですか? でも……」
「もぅ……主役が良いっていうんだから、気にしない!」

 今回ハヤテ君は、ケーキや他の料理も作るつもりだった。
 それを私は止めたのだ。
 もともと食べるほうではないし、作ってもらったところで残してしまうかもしれなかったから。
 それに、だ。

「私はハンバーグとカレーが良かったのよ」
「大好物ですからね」
「大好物とは言ってないわよ……もぅ」

 少しは察しなさいよ、馬鹿。
 カレーとハンバーグは、私とハヤテ君が初めて一緒に作った料理じゃない。

 私がカレーとハンバーグだけで良いといったのは、この理由が大きかった。
 ハヤテ君が私の家に泊まりに来て、一緒に作った料理。

 私がハヤテ君に恋心を覚える転機となった日の、出来事。

 ハヤテ君と恋仲になる過程で必要不可欠だった思い出。

 いくら鈍感でも、そういうところには気づいて欲しいのがセンチメンタルな乙女心なのだ。

「あ、そうそう」
「え?」

 恋人に対し、そんな願望を思っていると、件のハヤテ君が口を開いた。

「大事なことを忘れていました」

 ハヤテ君に目をやると、何やらポケットを漁っていた。

「どうしたの?」
「えーと……確かここに入れたはず……お、あった」

 いくつかのポケットを漁ってハヤテ君が取り出したものは、長方形の箱だった。
 綺麗に包装されていて、見た目も可愛らしい。

「お誕生日ですから。これ、僕からのプレゼントです」
「わぁ……そんな、料理も作ってもらったのに」
「料理とプレゼントは別ですよ」

 苦笑するハヤテ君に差し出されたプレゼントを手に取る。
 薄いピンクの包装紙に、濃いピンクのリボンが巻かれている。

 料理だけじゃなくて、プレゼントも貰えるとは思わなかった。
 だから、手に感じるこの質量が、重さが。
 ハヤテ君に想われているなぁ、と自惚れてしまう位に嬉しい。


「……本当にありがとう。開けていい?」
「もちろんですよ」

 笑顔で頷かれたので、丁寧に包装を解いていく。
 包装紙の下から現れたのは、白い箱。
 その上蓋を開けると、出て来たのは白銀の桜だった。

「これ……ストラップ?」
「はい」

 白銀が桜に型どられ、若干長めの紐が括られていた。
 普段目にする物よりも大きめのストラップだ。

 なにより、桜に刻まれた『HINA』の文字が、特徴的だ。

「これ……もしかして特注?」
「はい。槇村先生にお願いして、機材を貸していただきました」
「へぇ……」

 あの先生、そんな物まで持っていたんだ。
 というか……貸してもらった、ということは。

「ハヤテ君が作ったの、これ……?」
「えぇ、出来には自信がないんですが……」
「嘘! 凄い……」

 改めてストラップを見てみるが、あらゆるところが繊細に作られていて、眼前の男の子が作ったようには到底見えない。

「どう見ても職人レベルの出来よ、これ……」
「気に入っていただけましたか?」
「もちろんよ! 最高の……本当に最高のプレゼント!」

 笑顔でお礼を言うと、ハヤテ君は「良かった」と、安心したように笑った。

「最初は雛菊の花の形にしようと思っていたんですけど、僕のイメージするヒナギクさんは、桜の印象が強いな、と思って」
「そうなの?」
「はい。だって僕達が初めて会ったとき、ヒナギクさん、桜の木の上にいたじゃないですか」

 ハヤテ君と初めて会ったとき、私は木の上にいた。
 それは昨日のことのように覚えている。
 あの時はまだ冬の寒さが残る頃だった。
 でもあれ……桜の木だったんだ……。
 咲いていないから、気付かなかった。

「でも……本当に嬉しい」

 しかし、ハヤテ君に言われると、このストラップがますます素敵な物に見えてくる。
 まさに、『一生物』だ。

「大事にする。一生大事にする」
「はは……。そう言っていただけると、作った甲斐がありますよ」

 ハヤテ君の笑顔に、私も笑顔で頷いた。



 …



 残っていた料理も食べ終えて、まったりとした時間を過ごす。
 ロウソクもだんだんと短くなり、直にその役割を終えるだろう。
 そんな中、私はハヤテ君に囁く。

「ねぇ……ハヤテ君」
「何ですか? ヒナギクさん」

 傍らのハヤテ君がこちらを向いた。
 ロウソクの炎に照らされたその顔に、私は顔を近づけて、言う。

「もう一つ、プレゼントをお願いしても良いかしら?」
「もう一つって……あぁ」

 全部言わなくても良いでしょう。
 さすがにここまですれば、ハヤテ君だって気づいてくれる。

「それじゃ僕がプレゼントを貰っているような気がしますけど……」
「それ、毎年言ってるわよ」
「そうでしたっけ?」

 そうよ、と答える前に、私の唇は塞がれた。
 いつもは甘い味がするのに、今日は少しカレーの味。

 それがとても可笑しくて、でも嬉しい。
 きっと私もカレーの味がしているはずだから。

「……ごちそうさまでした」
「この場合、お粗末さま、じゃないの?」

 唇を離したハヤテ君に、私は言う。

「だってこの味はハヤテ君が作ったんだし」
「……そういうことを言いますか」
「言いますよ」

 苦笑を浮かべるハヤテ君に、「だから」と私は言葉を続ける。


「――おかわり、お願いしても良いかしら?」


 その言語を受けて、ハヤテ君は少し固まった後。


「……量はどの位で?」
「もちろん、大盛りで♪」


 私の肩に手を回した。

 間を置かずに、わずかに残るロウソクの炎に照らされた二人の影が、重なる。

 横目でちらりと見たその影。
 その一部が、美しく輝いている。

 なんだろう、と思ったけれど、答えは手の中にあった。

(あ……これ、か)

 私の指から吊るされた、白銀の桜だった。
 炎の光に反射して、炎とは違った温かみを持った光を放っている。

 それが、まるで二人を祝福しているように思えてきて。


(……変な気、起こしちゃうかも)


 そんな私らしくないことを思いながらも、より強く、大好きな人に身を寄せるのであった。




End



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