短編

□娘と夫婦のクリスマス
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 12月25日の朝が来た。

「うーん……」

 重たい眼をこすりながら、綾崎アイカは起床する。
 枕元の目覚まし時計は6時。
 アラームがなるまであと三十分もある。

「ちょっと早く起きすぎたかなー」

 そんなことを呟きながら、視線は時計の傍らへ。
 昨日、両親にサンタの有無を聞くことに成功したアイカだったが、肝心のプレゼントは何なのか、そこまでを知ることは出来なかった。
 『明日のお楽しみ』という言葉に渋々従って、しかし内心では心を躍らせながら、両親からのプレゼントを楽しみにしていたのだ。

「えへへ……」

 アイカの視線の先には、綺麗に包装されている長方形の箱が一つ、置いてあった。
 おそらくこれが両親の言っていたプレゼントなのだろう。

「あはは、何が入ってるのかな?」

 それを手に取り、思わず顔がニヤけるアイカ。
 ご丁寧に、例年と同じように可愛らしいクリスマスカードもついている。

「んー……何かな? 何かな?」

 軽く箱を振ってみると、中身はそれ程揺れなかった。
 ということは、大きさは箱とそれ程変わらないのだろうか。

 まぁ、中身が何であろうと両親からもらうプレゼントとはいつになっても嬉しいものだ、とアイカは思う。
 差出人の名義がサンタから両親に代わっただけ。
 むしろ、両親からの気持ちをより強く感じられる気がする。
 寝起き早々、随分と幸せな気持ちにさせてくれるものだ。

 冷え切った部屋の温度も全くといって良いほど気にならない。

「よーし! 開けるぞー……」

 軽く意気込んで、アイカは包装紙に手をかけた。
 丁寧に、一箇所一箇所、貼り付けられたセロテープを剥がしていく。
 このワクワク感がたまらない。
 剥がした包装紙を丁寧にたたみ、クリスマスカードと一緒にいつもの所へと仕舞ったら、お待ちかねの、プレゼントとのご対面だ。

「む……!?」

 包装紙の下からは、白い箱。
 この箱を開いて出てきたのが―――。


「こ、これは……モ○ハンの最新作!」


 狩りでお馴染みのあのゲームソフト。
 最新のシリーズが発売されて連日話題を呼んでいるあの大人気ゲーム。

「うそ……! 入荷待ちで来年まで手に入らないって書いてあったのに……!」

 もちろんアイカもプレイしたことはあるし、このソフトを買うつもりでいた。
 誕生日に買ってもらおうと思っていたのだが、まさかの在庫切れ。
 ナギの力を利用することも考えたのだが、それは流石に失礼だろうと自粛。
 結局今まで手に入れられなかったのだ。

「ヤバい……凄く嬉しいかも……」

 プレゼントのソフトを両手に持ちながら、寒さとは違う身震いをする。
 明日のお楽しみ。
 両親の言ったことは本当だった。

「早くプレイしたい……! あぁでもやっぱりストップ! 私!」

 ビニールを切る鋏はどこだったかな、とか、P○Pの充電は充分かな、とか、今すぐプレイしたい衝動に駆られたが、アイカはそれらを胸の中に押し込んで布団を出た。
 向かうは当然、素敵なプレゼントを贈ってくれたサンタさんのところ。




 …




「あ、アイカおはよう」

 サンタさんたちは、リビングでくつろいでいた。
 七時にもなっていないのに、相変わらず朝が早い。
 そんな彼らに、アイカも元気に挨拶を返す。

「おはよう! サンタさん!!」
「あ、ということはプレゼント見たんだ」
「うん! 本当に嬉しい!!」
「それは良かったわ」
「そうだね」
「ありがとうパパ、ママ!」

 両手で大事にプレゼントを抱えたアイカはご満悦の様子だ。
 予想以上に喜ぶ娘の姿に、ハヤテとヒナギクも顔が綻ぶ。

「そんなに喜んで貰えたなら、やっぱりこのプレゼントを選んで正解だったね」
「この歳の女の子が喜ぶとは思わなかったけどね」

 男の子が遊ぶイメージが強いけど、とヒナギクは良いながら、アイカの頭を撫でる。

「ま、早くアイカもそれで遊びたいだろうしね。朝ごはんはアイカに合わせるから良いわよ。思う存分やってきなさい」
「いいの!?」
「サンタは子供の願いを叶えるものでしょ?」
「じゃ、じゃあ早速やってくるからね!」
「風邪引かないようにストーブかヒーターつけるのよー」

 はーい、と言う声が二階から聞こえてきた。 
 この短時間でもう自分の部屋へと行ったらしい。
 それほどやりたかったのか、とヒナギクは思わず苦笑する。

「……全くもう、あんなにはしゃいじゃって」
「まぁ良いじゃないか。何だかんだ言っても、アイカもまだ小学生なんだから」

 天井の、アイカの部屋があるであろう場所を見ながらハヤテは言う。

「何はともあれ、サンタの仕事は今年も上手く行ったみたいだしね」
「バレようがバレなかろうが、あの様子じゃ関係なかったわね」
「むしろ例年より嬉しそうに見えたけど」
「あらあら」

 二階からは『うひょー!』とか、『よっしゃー!』といった声が聞こえてくる。
 早速プレイして、早速ハマったようだ。
 一階へ聞こえてくるほどの声量で遊んでいる娘に、二人は顔を見合わせて、軽く噴出した。

「ハヤテ、今日の朝ごはんは遅くなりそうね」
「……みたいだね。あんなに嬉しそうにはしゃがれたら無理なんて言えないよ」
「全くだわね」

 あの様子では、あと2、3時間はあの調子だろう。

「じゃあそれまで何しようかしら?」
「そうだねぇ……」

 ただただダラダラしてるのも良いけれど、とハヤテは言葉を置いてから、

「取り敢えず、ハヤテサンタからのクリスマスプレゼントを受け取って貰えないかな? ヒナギク」

 懐から、細長い箱を取り出した。

「え?」
「僕からヒナギクに、クリスマスプレゼント」

 綺麗に包装されたそれをそっと、ヒナギク手に持たせる。
 肝心のヒナギクは、きょとんとしていた。

「え? これ……」
「あはは、驚いた?」

 このことは、アイカは勿論、ヒナギクだって知らなかった。
 アイカのプレゼントは二人で決めたわけだが、まさか自分にもプレゼントがあるなんて思っていなかった顔。
 期待通りの表情に、ハヤテは笑った。

「いつもご苦労様、奥さん」
「あ、ありがとう……」

 感謝の言葉とともに、ヒナギクへ軽くキスすると、ヒナギクの頬がかぁっと赤くなる。
 慣れているはずなのに、相変わらず不意打ちには弱いらしい。

「あはは。ヒナギク、顔真っ赤」
「う、うるさい。良いじゃない、別に」

 ふい、と照れ隠しに顔を反らすヒナギクだったが、その顔はとても嬉しそうだ。
 この顔が見れただけでもプレゼントを渡した甲斐があるというもの。

「ね、ねぇ……開けてもいいかしら?」
「勿論」
「えへへ……な、何かな……?」

 ニコニコと笑顔のまま頷くと、ヒナギクもアイカ同様、丁寧に包装紙を開いていく。
 呟く台詞もアイカと一緒のあたり、やはり親子である。

 中から出てきたのは、時計とヘアピンだった。

「この歳でそういうのを上げるのもどうかなって思ったんだけど……ヒナギクに凄く似合いそうだったからさ」
「……可愛い……」

 桜色をベースとした細身の時計と、桜の装飾が施されたヘアピン。
 季節的には少し先ではあるが、ヒナギクがそれを身に着けるとそれすら気にならなくなる。

「うん、似合う似合う」
「本当……ありがとうハヤテ。でも私、ハヤテのプレゼント……」
「良いよ」

 自分ばかり貰って申し訳ない、というヒナギクに、ハヤテは笑いながら言う。

「僕はヒナギクとアイカがいればそれで良い」
「でも……」
「家族と過ごせるってだけで、僕は十分だもの」

 今年、来年、それ以降。
 自分の傍らで笑っていてくれればそれだけで、ハヤテにとって十二分過ぎるプレゼントなのだった。

「だからさ」
「きゃっ」

 それでもどこか釈然としないヒナギクの肩を抱き寄せて、ハヤテは言った。

「来年のプレゼントの予約。来年のこの日も、アイカと一緒に僕の傍にいるように」
「……もぅ。当たり前じゃない、バカ」

 二人は少し見詰め合って、どちらからでもなく顔を近づけていく。
 もう少しで唇が重なるその時、二階からもう一度、大きな喜声が聞こえてきた。


『うわー! 今回オトモア○ルー二匹も連れて行けるんだ!?』


 唇が触れそうな距離で、二人は笑う。

「……本当に嬉しそうね、あの子」
「はは……僕にとっては、ヒナギクとアイカがオトモアイ○ーってところかな?」
「そのオトモっていうのがどういうものか良くわからないけど……でもハヤテ、その表現は少し違うんじゃない?」
「え? そうかな?」
「直感がそう言っているだけよ」

 そこでヒナギクは話を切って、二人は続きを再開した。

「だって主人公とオトモは、こんなことしないのでしょう?」
「あはは。確かにそうだ」

 二人の唇が重なる。
 二階からはアイカの嬉しそうな声が聞こえてくる。



「ハヤテ」
「ん?」
「メリークリスマス」


 まだ七時前のクリスマスの朝。
 外は息が白くなる程の低気温。

 それすらも眼中にないと思うほどに、綾崎家の中は暖かく、優しい空気に満ち溢れている。
 しかし。



『よし! オトモの名前はハヤテとヒナギクにしよう!』
「…………ゲンコツって、プレゼントとして大丈夫かしら?」
「さ、さぁ……?」
「ふふ……折角良い感じで締めたかったのにね、あの子ったら」



 しかし、まぁ。


 暖かく優しい空気の綾崎家が、アイカの可愛い悲鳴という包装紙で包まれるのは、直ぐ後の出来事になるのだった。







End




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