短編

□サンタさんはいない
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 12月24日。
 綾崎家にも、12月24日がやってきた。
 今年は東京にも雪が降り、クリスマス・イブの前にはホワイトの言葉が加えられる。
 外は白銀の世界。
 窓枠の下についた結露が、季節の味を出している。

「クリスマス・イブです」

 そんな、ヒーターで温まったリビングで、アイカが真剣な表情で言った。

「クリスマスの前日です」
「いや……言い直さなくてもわかるけど」

 何を畏まって言っているの? とヒナギクが首を傾げる。
 そんなヒナギクの言葉にも、アイカの表情は変わらない。

「ママ、パパ」
「ん? 何かな?」

 テーブルに肘をつきながら顔の前で手を組むアイカの姿は、どこぞの指令を思わせる。
 例年に習うのなら、この時期のアイカはハイテンションのはず。
 いつもと違う娘の様子にハヤテとヒナギクが疑問を浮かべる中、


「今年のプレゼントはなんですか?」


 口元を上げながら、アイカはそう言った。




『サンタさんはいない』




「……は?」

 アイカの言葉に、二人は再び疑問符を頭に浮かべる。
 なんと言ったのだろう、この娘は。

「え? 何? どうしたのアイカ?」
「だから、今年のプレゼントは何なのですかとアイカさんはママたちに聞いてるんだよ」
「プレゼント?」

 どや顔のアイカに少しばかりイラッとしつつも、ヒナギクは何とかこらえた。

「急にどうしたのよ」
「そうだね。プレゼントはサンタさんにお願いすれば――」
「ちが―――う!!」

 ハヤテの言葉を遮って、アイカが叫んだ。

「サンタさんはいない!!」
「!」

 続けて叫ばれるアイカの言葉に、二人はドキッとした。

「あ、あはは……何言ってるんだよアイカ」
「そ、そうよ。去年だって、一昨年だってアイカのところに来てくれたじゃない、サンタさん」
「私のところに来てくれたのは本当にサンタさんだったのかな?」
「そ、それは……」

 まさに不意打ちと言っても過言ではないアイカの言葉。
 毎年サンタの格好をしてプレゼントを置いていたハヤテの額には、冷や汗が流れていた。

 何故クリスマス・イブ当日、このタイミングで!?

 ハヤテ同様、今年はどうやってアイカを早めに寝かせようかと考えていたヒナギクも、動揺を隠せない。

 どうこの場を切り抜けよう。というか何でいきなりこんな状況になっているのだろう。
 どうする? とハヤテがヒナギクに視線を送ると、

(何とかごまかして!)

 と同じく視線でヒナギクが返事する。

(でもどうやって!?)
(そこはハヤテが考えてよ! サンタさんなんだから!)
(この状況で!? えー……)
(それまで私が時間を稼ぐから!)

 10秒にも満たない短い夫婦のアイコンタクトの後、ヒナギクがアイカに尋ねた。

「と、ところでどうしてアイカは急にそんなこと言ったの?」
「サンタがいないってこと?」
「そうそう」

 無理やり話題を変えた感満載だったが、アイカは気づかないでくれたようだ。
 ちら、とハヤテを見て、ヒナギクに答える。

「昨日学校でね」
「うんうん」
「友達と話してたの」
「ほうほう」

 少しでも会話を続けようと、ヒナギクの返事も短くなる。
 淡々とした会話のキャッチボールだが、それも仕方ない。
 少しでも会話して、ハヤテのために時間を稼がねば。
 ここから更に話を広げようと、ヒナギクはアイカに尋ねる。

「何の話をしたの?」
「サンタはいるか、いないか」
「へぇ……。そうなんだ。懐かしいなぁ……私も良く話したわ、友達とそういう話」
「ママはなんて答えたの?」
「もちろん『いる』よ。アイカは?」
「私も『いる』って答えたんだよ」
「あら。ならどうしてサンタさんがいないって言うのよ?」

(これはこのまま行けるかも知れないわね)

 ヒナギクは思う。
 このまま会話を続けていけば、アイカがサンタを信じないと言う原因に突き当たるかもしれない。
 その原因さえ分かれば、切り返しの上手いハヤテの事、再びアイカにサンタの存在を信じさせる言葉を思いついてくれるはず。

 そんな期待を持ちながら、ヒナギクはアイカの言葉を待つ。
 するとアイカは、目線を少し下げながら、

「友達がね……サンタの正体はパパとママだって言うのよ……」
「あはは、何それ」
「だって友達が見たんだって。サンタの格好をしたパパがプレゼント置いていった、って……」
「あらあら」

 なるほど、良くあるパターンね。
 困ったような表情を浮かべながら、ヒナギクは心の中で笑みを浮かべた。
 この程度の流れなら、イケる。
 サンタさんがいるか、いないかの話題で良くある会話の流れだ。
 原因が友達の今の発言からなのなら、私だけでも大丈夫かしら。
 ハヤテをちら、と見ると、そのまま行こう、と頷いている。

 ヒナギクは小さく頷いて、会話に戻る。

「それはお友達の見間違いじゃないのかしら?」
「どうして?」
「だって、私の見たサンタさんは、私のお父さんじゃなかったもの」
「!?」

 先ほどのアイカ以上のどや顔で、ヒナギクは言った。

「ほ、本当!?」
「えぇ、本当よ」
「じゃあ私の部屋に毎年来てくれるサンタさんも、パパじゃないの!?」
「本物のサンタさんに決まってるじゃない」

 いける、いけるわ!
 自分に満点をあげたい位の完璧な返答。
 ヒナギクのこの言葉は、かなり反則に近い。

 『私のお父さんじゃなかった』
 この言葉だが、『私の』と『お父さん』の間には『本当の』という言葉が入る。
 義父がサンタの格好をしても、それはお父さんであって、『本当のお父さん』ではない。
 ヒナギクの義父がこの言葉を聞いたら首でも吊りかねないかもしれないが。

(ごめんね、お父さん! でもこれも孫の夢を守るためよ!)

 心の中で義父に謝りながら、ヒナギクは娘の夢を守るために戦う。

「だからきっと、サンタさんはいて、今年もアイカにプレゼントを置いていくはずよ」
「そ、そうなんだ……良かった」

 決まった、とヒナギクは小さくガッツポーズをした。
 いくら知識があるとしても、子供は子供。
 人生の差が出たわね、アイカ。

 もしこの場にアイカがいなければ、ハヤテに褒めて褒めてと抱きついているだろう。
 そのぐらいにヒナギクは自身の功績に舞い上がっていた。
「ママは何でも知ってるんだね! 流石ママだよ!」
「サンタさんの事なら何でも聞いて良いわよ?」
「じゃ、じゃあさ!」
「うふふ……何かしら?」


 舞い上がっていたから、僅かに油断していた。


「私、サンタさんと結婚する!」
「ハヤテは渡さないわよ!! ……ハッ!」

 油断していたから、墓穴を掘った。

「ヒ、ヒナギク……」

 ハヤテの表情が若干青くなる。
 ヒナギクの顔も青くなる。
 アイカがニヤリ、と笑う。

「ま、待って今のナシ!」
「あれ? どうしてサンタさんの話をしてるのにパパの名前が出てくるのかな?」
「そ、それは……サンタさんの年収が分からないから、そんな人と結婚するのに私とハヤテは反対するっていう……!」
「『渡さない』って言ってたよね? 『パパは渡さないって』」
「サ、サンタさんと結婚するには結納品として自分の父親を差し出さなければならないっていうサンタ一族の決まりがあるのよ」
「ヒナギク……流石にそれは苦しいよ……!」

 涙ぐましいヒナギクの努力に、ハヤテは目頭が熱くなる。
 どんな一族だ、サンタ一族。

「ふ――――――ん……」
「な、何よその目は?」

 ニヤニヤしながら見てくるアイカに、ヒナギクはたじろぐ。
 優勢から圧倒的劣勢へ。
 この状勢を覆す手段はあるのか。

「ねぇママ?」
「な、何?」
「アイカサンタからプレゼントだよ」
「……?」

 手段はあった。
 見つかった。
 全ては、アイカが持っていた。



「アテネ姉ちゃんから貰ったパパの小さい頃の写真なんだけど……本当のこと教えてくれたらあげ「ハヤテがサンタよ」
「ヒナギク――!?」


 そう。
 劣勢な立場にあるのなら、優勢な立場へ移れば良いのだ。

「ハヤテ……もうやめましょうこんな戦いは……」
「いやいや! 何聖母みたいな優しい顔で言ってんのさ!?」
「争いは何も生まないわ……」
「そうだよパパ……観念しなさい」
「しかも何だか僕が悪いみたいな話になっているし!」
「違うわハヤテ。悪いのはそう……サンタさんなのよ」
「子供の前で何言ってるんだよ!?」
「そうだよパパ。全ての原因はサンタさんにあるんだよ」
「アイカまでそれ言ったら駄目じゃないかな!?」

 何だこれ? 何だこれ!?
 本当に状況が急展開する日だな!

「というかヒナギク! 何バラしてるのさ!(子供の夢を守るっていうのはどうしたんだよ!?)」 
「仕方ないじゃない。この娘、どうやら最初からサンタさん信じてなかったみたいよ?(ハヤテの写真には代えられないわ)」
「……え?(……え?)」

 動揺していたハヤテに、落ち着きが戻ってくる。
 子供の夢よりも夫の写真を優先する妻に言いたいことがないわけでもない。
 が、それ以上に気になることがあったのだ。

「最初からって……どういうこと?」
「この会話を始めた時点で、アイカはサンタの存在を信じるつもりはなかったのよ」
「そうなの? アイカ」
「うん」

 笑顔で頷くアイカに、ハヤテは戸惑う。

「でも良くママ分かったねー。上手く隠してたつもりだったのになぁ」
「私を嵌めた時、凄く意地の悪い笑顔してたでしょ? あれ、美希たちが悪戯してる時の顔とそっくりだったのよ」
「あちゃー……」
「嵌められてから気づいた私も馬鹿だったけどね」

 母親で遊ぶんじゃありません、とヒナギクはアイカの頭を軽く小突いた。

「でも、どうしてサンタがいないって気づいたの?」
「そ、そうだよ。それが一番気になるんだ」
「気づいたっていうか……去年辺りから不思議に思ってたの。だから友達には『信じてる』ってことで話してたんだけど……サンタさんはいないんだなぁって思ったのは、今だよ」
「え?」
「パパとママ、私がサンタはいないって言ったとき、動揺してたでしょ?」
「あー……」
「やっぱりバレてたか」
「しかも、あからさまに話題変えてきたし」
「それもバレてた?」
「バレバレだよ」

 ということは、今までの会話中ずっと、ヒナギクとハヤテはアイカの掌で踊らされていたということになる。

「ママたちの慌てっぷり、面白かったよ!」
「はは……」

 これには苦笑するしかない。
 知らない間に、随分と言う様になったものだ。

「でも去年辺りからって言うけど、なんで不思議に思ったの?」
「クリスマスカードだよ」
「クリスマスカード?」

 アイカの言葉を、二人は聞き返した。

「私のプレゼントには、毎年クリスマスカードがついてるんだけどね」
「あぁうん、分かる分かる」

 毎年ハヤテとヒナギクが、『メリークリスマス!』と書いたカードをプレゼントに貼り付けていた。
 しかしそれだけでは理由としてなっていない気がする。

「でもそれだけで?」
「うん。あのカードはね、誰にも見せたことないの」
「それがどう繋がるのかしら?」
「去年のクリスマスにね、パパとママにプレゼント見せたじゃない?」
「あぁそういえば……」
「その時にパパが『カードも破らないように空けるんだよ』って言ったんだ」
「え?」
「ハヤテ……」

 きょとん、とするハヤテに、ヒナギクが呆れ顔になる。

「私しかカードのこと知らないのに、何でパパが知っているのかな、と思って」
「うわぁ……仕出かしてたのは僕の方だったか……」
「さっきハヤテを弄ったのもあながち間違いじゃなかったということね」
「いやあれはヒナギクが悪いと思います」

 何だ、ならこの十数分という会話は、娘にからかわれていた時間、ということになるのか。
 ハヤテとヒナギクは顔を見合わせ、苦笑した。
 まさか小学生の娘からからかわれる日がこようとは、去年の自分たちは想像すらしていないだろう。
 もう自分たちが思うほどに、アイカは子供ではない。

 そんなことを思わせる、今回のアイカの行動。

(まぁ……今回はアイカの大勝利ってことで)
(だね)

 お互いに視線を交わし、また苦笑。
 クリスマス・イブにこの会話を持ちかけるというところがまた、手が込んでいるというか、何というか、である。
 痛い一敗。娘ながら天晴れ。



「まぁまぁ、そんなわけでね」

 視線で会話する二人に、アイカは言葉をかけた。

「パパ、ママ」
「何よ?」
「はい、なんでしょう」


 再びテーブルに肘を立て、手を組みながらアイカは言う。
 始めの様に、口元をあげながら。




「で、今年のプレゼントはなんですか?」
「調子に乗らない!」
「明日を楽しみにしててね」




 成長するのは嬉しいが、間違った方向に成長するのは勘弁してほしい。
 娘の頭をコツン、と小突きながら、夫婦は本日何度目かの苦笑を浮かべたのだった。




End





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