短編

□寒秋
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寒秋




 九月もあと数日を残して終わりを迎える今日この頃。
 気温もすっかり低くなり、あの暑かった夏の存在など記憶の彼方に飛ばされたかのように寒くなった。
 少し前まで外を歩けば、吹いていたのは熱風。しかし今は身震いしてしまう位の寒風だ。
 その天候の中を、ハヤテとヒナギクは歩いていた。

「うぅ……寒い」

 件の寒風を肌に受け、ヒナギクは呟く。

「いくら夏が終わったからって、急に気温変わりすぎでしょ……」
「季節の変わり目ですからねぇ」

 うぅ寒い、とぶるっと肌を震わせるヒナギクに苦笑しつつ、ハヤテは言葉を返す。

「でも確かに、もう冬物の服を着ても可笑しくないくらいの寒さですね」
「でしょ? というか実際、私のこの上着も一応冬着なのよ?」

 どう? と自身の姿を見せてくるヒナギクに目をやれば、なるほど。
 ヒナギクの上着は確かに、九月の下旬に着るには少々厚いものに見える。

「……流石に暑くないですか、それ?」
「全然? 生地は厚いけどね」

 寧ろまだ寒いくらいよ、とヒナギク。
 そこまで厚着をしているのにまだ寒いというヒナギクに、実は風邪でも引いてるんじゃないか、とハヤテは少しばかり思う。

(まぁでもヒナギクさんを見る限り、そういうことは無さそうだな)

 しかしすぐ考えを改めた。
 ヒナギクを見ても熱はなさそうだし、本当にただ寒いだけらしい。
 だが、いくら気温が下がったとはいえ、寒がるにはちょっとオーバーな格好に見えることも事実なのだ。

「でも今からそんなに着込んで、冬はどうするんです?」
「うーん……そうなのよねぇ」
「そうなのよねって……まだ冬まで数ヶ月もあるのに、今から冬の格好してたら冬に着るものなくなるでしょう?」

 冬前――つまり秋なわけだが、もともと冬の寒さ対策のための衣類を秋に着てしまっては、今よりも寒くなるであろう冬の時に着てもあまり暖かいと感じないのではないだろうか。
 現に秋に冬物を着ても寒いと言っている位なのだから。
 ハヤテの尤もな意見に、今度はヒナギクが苦笑した。

「でも、わかってはいても寒いものは寒いのよ」
「それはわかりますよ。僕だって、無理をしてヒナギクさんに風邪とかひいてほしくないですから。……でも、冬辛いですよ?」
「まぁ何とかなるんじゃないかしら」
「なりますか?」

 まるで他人事のように答えるヒナギクを、ハヤテは不思議に思った。

「ちなみに大丈夫と思う理由は?」

 不思議に思ったから、問。
 その問いに、ヒナギクは笑顔で答えた。


「仮に冬着だけで寒かったら、ハヤテ君に暖めてもらうもの」
「…………なるほど」

 だから安心なのよ、というヒナギクにそう言われては、ハヤテは何も言えない。
 何故なら。

「それなら大丈夫ですね。僕が太鼓判を押すくらい、安心です」
「ふふっ。そうでしょ?」

 彼女にそんな頼まれごとをされたら、喜んで彼女を抱きしめる自分の姿が容易に想像できてしまうから。
 そんな自分に笑ってしまう。

「じゃあハヤテ君」
「はい、なんでしょう?」

 そんなことを思うハヤテの腕に、ヒナギクが腕を絡めてきた。
 そして満面の笑みで、言う。


「私、今冬着なんだけど……寒いのよね」
「……」
「暖めて?」

 その顔を見て、魅入って、ハヤテ。

「…………あはは。分かりました、分かりましたよ」


 全く本当に、ヒナギクには敵わない。


 ハヤテはもう一度小さく笑うと、満面の笑みの眼前の少女を、想像した通りに、優しく抱きしめた。


 例年よりも少しばかり寒さを感じる秋の中、抱きしめたヒナギクは、とても暖かかった。 




End


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