あやさきけ2

□えってぃ本
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えっちぃ本

「パパってえっちぃ本持ってないよね」

 午後、優雅なお茶の一時。
 娘の言葉は常に唐突だ。
 唐突というよりも、まさにゲリラ豪雨のように突然放たれたその一言に、綾崎ハヤテとヒナギクは、持っていたティーカップを仲良くテーブルに落とした。
 ティーカップを二つ失った。お気に入りだったのに。

「い、いいいいいいいきなり何を言い出すのよアンタは!?」
「ど、どこで覚えてきたんだその言葉!?」
「え? いや、クラスの男子がそういう話で盛り上がっていて」

 キョトンとしているアイカに、両親は戦慄を覚えた。

「さ、最近の小学生って大人びてるとは思っていたけど……」
「いや、これは「ませてる」と言ったほうが正しいような……」
「男の人って皆、えっちぃ本持ってるんだよね? でもパパの部屋でそういう本見たことないからさー」

 大人びているけれども、まだ「そっちの面」では幼いアイカは、自分の発言の大きさに気づいていない。
 幼いゆえに、恐ろしい。まるで「赤ちゃんの出来方」を聞いてくる子供のように、両親の背中に冷や汗ばかりを流させていく。

「どうして、パパは持っていないの? えっちぃ本」
「え、えええええっちぃなんて言葉使っちゃいけません!」
「そ、そうよアイカ! 子供には子供なりの言葉というものがあるのよ!」
「? どうして使っちゃいけないの?」

 不思議そうに見つめてくるアイカの瞳には、純粋な疑問しか含まれていない。下心とか、そういうものは一切なかった。
 だからこそ言葉に詰まる。
 このまま勢いだけで乗り切ってしまえば、結果的にアイカを叱ることになってしまう。
 アイカは賢い子である。叱られてしまえばその理由を考えてしまうだろうし、さらにその理由が分からなければあらゆる手を使って追究、もしくは追求してくるだろう。

「どどどどーしようハヤテ!? なんて答えたらいいの!?」
「え、えええええ!? ぼ、僕に聞かれても……!」

 だからこそ上手い切り抜け方はないかと小声で二人は作戦を立てようとした。
 しかし学生時代から「そっちの面」には全くといっていいほど耐性がなかった二人だ。こういう時どういう対応をすべきか、その手段を知らなかった。
 アイカという子供を授かっておきながら、何をいまさらという感じではあるが。

「ねえねえ、どうして二人だけでお話してるの? 私も混ぜてよー」
「ちょ、ちょおっと待っててねえアイカ」
「い、今大事なお話をママとしてるところだから……」
「ぶー」

 仲間外れにされたと思ったのだろう、アイカがぶーたれる。
 全く表情がコロコロと変わる子だ。こういうところが凄く愛らしくて困る。
 だからこそ、だからこそ、上手いことこの場を切り抜けなければ、今後の教育にも関わってくる。

「そもそもどうして小学校でえ、えっちな本の話なんて出てくるのよ!?」
「知らないよ!」
「これもハヤテがえ、えっちな本持っていないのが悪いんでしょう!? 持っていたら上手い理由だって言えたのに!」
「ええええええ!? そ、それは理不尽でしょ!? 僕がそういうの持ってないの、君が一番知ってるよね!?」

 悩む、悩む。こういう時、一般的なお父さん、お母さんはどういう切り抜け方をしていたのだろう。
 そもそも両親にそういう話題を振ったことがない二人である。
 アイカを見れば、ぶーたれ具合が加速していた。

「もー! 私も混ぜろおおおおおおお!」
「うわっ! アイカちょっと待ってって!」
「い! や! だああああああああああああああああ!」

 どうすればいいのだろうか、具体的な解決策も出ないまま、綾崎家の優雅な午後の一時は、娘の発言というゲリラ豪雨に飲まれていった。

 結局。

 駅前にある有名なお菓子を買ってあげるということで、この話題をさけた両親なのだった。
 色気よりまだ食い気のほうが大切な娘で助かった。


End




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