あやさきけ2

□とある執事長の悩み
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「最近出番が少ないと思うんです」
「帰れ」

 二月になり、冬の寒さも少しずつ和らいできた頃。
 私は、深刻な表情を浮かべている執事長にそう即答した。

「な……っ!? お嬢様、ちょっと酷くないですか!?」

 返ってきた言葉に、執事長――ハヤテは愕然としていた。

「一応僕、主人公なんですけど!?」
「お前からそんな相談持ちかけられても、嫌味にしか聞こえないんだよ!!」

 私こと三千院ナギは、この物語において中々の重要人物の設定だったはずだ。
 しかしここ一年……もしかしたら二年になるかもしれない。

「だったら! 私やマリアはどれだけ出番少ないと思っているのだ!?」
「あのー……ナギ? 一応僕も出番少ないんだけど……」
「一樹は黙ってろ!」

 そう。
 ハヤテ以上に、私たち三千院家の人間は、出番という日の光を浴びていなかった。
 だからこそハヤテへの言葉も荒いものとなる。

「出番が少ない? それは何作前から数えての話なのだ? 数作前だろう!?」
「そ、それは……」

 私の剣幕に押されてか、ハヤテが口篭る。

「だったら私たちは? 何作? もう数えるのも面倒くさいのだ!」
「ナ、ナギ……? とりあえず落ち着こう、ね?」
「一樹は黙ってろ!」
「……僕への返答はその一言固定なの……?」

 傍らで一樹が涙目になっているが、今は気にしてなどいられない。
 眼前の、この馬鹿に言いたいことが山ほどあるのだ。

「大体、最後に私が登場したのは何年前だと思う!? 数年前の! しかも拍手ページだぞ!?」
「覚えてるじゃないですか……」
「何だって?」
「いえ何でもありません……」

 いつからご主人にそんな口答えを出来るようになった? と眼で黙らせる。
 数年前までは普通に生活していた家の中で、ハヤテは借りてきた猫のように大人しくなった。
 こちらの説教を聞く姿勢だろう。
 良い心がけである。

「ハヤテは良いじゃないか! 一作二作出番がなくてもすぐに出番がくるのだから! しかし私は? 一樹は?」
「そ、それを僕に言われましても……」
「だから帰れと言ったのだ!!」

 潔い姿勢に免じて、説教の大盤振る舞いを私はする。

「一回二回出番がなかった位で弱音を吐くなど、忍耐力がないにも程があるぞ!?」
「……返す言葉もないです……」

 ハヤテが執事長になる前までは、私が今の言葉を言われる側だった。
 それが今、私がハヤテに言う立場になっているのだから、人生というのはどうなるのか分からない。
 相談するためにここに来たのに、説教されているハヤテを見ても、同情など抱かない。

「私や一樹ならまだ良い。今の話で久しぶりの出番が回ってきたのだから」
「僕、あまり話してないけど……」
「だから一樹は黙ってろ!」
「……泣いていいかな?」

 私が本当に同情してしまうのは、ハヤテなどではないのだ。

「マリアなんて、今回も出番がないのだぞ? そんなマリアに、お前は、今の相談を出来るか?」

 私の言葉に、ハヤテの眼が見開かれる。
 何かを言いかけてやめ、それを少し繰り返して、

「……言えません」

 と、呟いた。

「分かったか? お前がどれだけ検討はずれな相談をしていたのか」
「はい」

 ハヤテは、力強く頷いた。

「僕が、間違ってました」
「分かれば良いのだ、全く……」

 ハヤテへ抱いていた怒りも、大声で説教したことで大分和らいだようだ。
 小さくため息を付くと、隣でしくしくと泣きべそをかいている一樹へ眼を向ける。

「オイ一樹、いつまでメソメソしてるのだ?」
「だって……」
「そ、そんな眼をするんじゃない!」

 捨てられた子犬のような眼で見られ、若干心が痛む。
 ま、まぁ気が立っていたとはいえ、確かに一樹に対して冷たい態度をとってしまっていたな。

「それよりも一樹、大声を出したから私は喉が乾いた。紅茶を淹れてくれ」
「……うん」

 申し訳なさを込めて優しい声色で一樹にそう言うと、少しは一樹も立ち直ってくれたようだった。
 微小を浮かべて紅茶を淹れ始めた。

「やれやれ……」
「はは……」

 どうしてこう、私の周りには女っぽい男しかいないのだろうか、と思っていると、ハヤテがこちらを見て笑っていた。

「何だよ」
「いえ……一樹はしっかり、お嬢様の尻にしかれているなぁと思いまして」
「なっ――!?」

 ハヤテの言葉で、かぁっと頬が赤くなるのが分かった。

「な、何を言っておるのだお前は!?」
「まるで夫婦みたいでしたよ? 今のやりとり」
「――――っ」

 馬鹿な事を言うな、と反論しようとしたが、言葉が出なかった。
 一樹に視線を送れば、こちらの会話が聞こえていないのか、鼻歌を歌いながら紅茶を淹れていた。
 一樹と眼があって、顔がますます熱くなる。

「ま、まぁ……一樹は女っぽいからな。私が尻に敷いてやらないと」
「あれ? 夫婦ということは否定しないんですね」
「う、うるさい!!」

 さらにはハヤテにも揚げ足を取られ、先ほどとは立場が逆転してしまった。

「出番がない間でも、しっかりと二人の絆を深めているお嬢様は素晴らしいと思いますよ」
「……嫌味か? それも」
「滅相もないですよ」

 だからお前の出番に対する言葉は、嫌味にしか聞こえないんだよ。
 しかし……。

「……夫婦、か」
「はい、ナギ。紅茶が入ったよ」
「にょわっ!?」

 いきなり眼前に一樹の顔が来たので、変な声を上げてしまった。

「い、いきなり顔を近づけるな! バカ!」
「ご、ごめん」

 平熱になりかけていた頬がまた熱くなったじゃないか!

「全く! これだから一樹は! 全く……!」

 顔が熱くて、折角淹れてくれた紅茶の味も良くわからない。
 これも眼前でニコニコしてこちらを見ているヤツのせいだ。

「何笑ってるのだ!?」
「いえいえ、何でも」

 先程の態度とはエラく違うじゃないか、なぁハヤテ。
 ご主人様をからかって楽しいか? ん?

 恨みがましくハヤテを睨むと、ハヤテも危険を感じたらしい。
 紅茶を急いで飲み干した後、席を立った。

「帰るのか?」
「はい。 ……つまらない悩みを言ってすみませんでした」
「うむ。そういう悩みは、一年以上出番が無くなってから持つように」
「……言ってて悲しくなりませんか? お嬢様……」
「お前とは場数が違う。もう慣れたのだ」

 な? と一樹に眼をやると、一樹は苦笑を浮かべた。

「はは。じゃあ、失礼しますね」
「あぁ」
「はい」

 入り口へ向かうハヤテを送るために、私も席を立つ。
 扉に手をかけ、外の景色が少し見えてくる。

 扉を半分位開いて、ハヤテが振り返った。

「そうそう、言い忘れてました」
「? どうかしたのか?」


 首を傾げる私と一樹に、いたずらっ子のような笑顔を浮かべて、ハヤテは言う。


「――式場を決める時は、僕とヒナギクに一言相談を」
「なぁっ!?」
「ハ、ハヤテさん!?」


 ハヤテの言う式場の意味を理解し、声を上げる頃にはハヤテは既にいなかった。
 残されたのは二人。
 赤い顔をした、一樹と、私。

 妙な空気が流れていて、互いの顔を見るのも恥ずかしい。

「と、とりあえず紅茶、淹れなおそうか?」
「そ、そうだな……」

 そんな空気に耐えられず、一樹の言葉に私は頷いた。
 全く本当、どう落とし前をつけてくれるんだろう、あの執事長は。

「……明日、覚えてろよ、ハヤテ」


 そそくさと早足で紅茶を淹れに行った一樹の後ろ姿を見ながら、そしてハヤテの顔を思い浮かべながら、私は思った。



 ――出番があるヤツといると、ロクな事にならない、と。


 だからこそ出番の少ない一樹といると、こうも心が安らぐのだろう。

「夫婦、ね」
「何か言った? ナギ」
「何でもない」


 出番がなくても、一樹がいる。
 安息が側にある。
 ならば出番にそこまで固執しなくても良いのかも、と思ってしまうのは、きっと出番がなさすぎて感覚が麻痺しているのだろう。

「早く一樹の淹れた紅茶が飲みたいと言っただけだよ」
「はは、それは光栄です、ナギお嬢様」


 そんなバカバカしいことを考えながら、私は眼を閉じて紅茶を待つ。


 静寂な空間で、カップに紅茶が淹れられる音が、何とも心地良かった。




End




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