あやさきけ2

□豆まき
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 こん、ぽろぽろ。
 こん、ぽろぽろ。

 先ほどから耳に入る、まるで何かが当たって落ちるような音。
 その何かが当てられる物は――私。
 だって、さっきから背中に物が当たる感じがするもの。

「……あのねぇ」

 額に手を当てて、私は後ろを振り返る。

「……貴女たち、なんの真似なのよ?」
「鬼はー外、福はー内」
「鬼は外へ行きなさい」

 眼前には、アイカと……もう一人。
 手にした豆を、こちらに狙いを定めて投げてきていた。

「……そろそろ怒って良いわよね?」

 私は床に落ちていた豆を二粒拾い、それを持ち主に投げ返した。

「痛っ!?」
「ふん」

 直線の軌道で放たれた豆は、一つはアイカの右腕へ命中。
 しかしもう一つは……。

「ヒナギク、こんな物で私を捉えられると思いまして?」

 特徴的な、まるで生き物のようなアホ毛によって弾かれた。
 というか……。

「なんで天王洲さんまで私に豆を投げているのよ!?」

 私は眼前でドヤ顔を浮かべている彼女――天王洲アテネに、多少声を荒らげて言った。

「私の! どこが! 鬼なのかしら!?」
「あら……日頃の生活を見ていれば分かりましてよ?」

 私の剣幕に怖じくことなく、涼しい顔で天王洲さんは答える。

「アイカを見る形相がすでに鬼の類ですわ♪」
「そ、そうだー」
「貴女たち……!」

 ♪じゃないわよ!
 アイカも何ちゃっかり同意してるのかしら!?

「それにしたって、いきなり豆を投げてくることはないでしょ!? 人が黙っているのを良い事に、何回も何回もぽんぽんぽんぽん!!」

 節分である二月三日は、一家の幸福を願って豆をまく。
 それは私だって分かるし、綾崎家でも行なってきたことだ。
 だから今年も豆をまこう、と思って豆は用意していたのだ……今朝までは。

「しかも勝手に豆使ってるし!」

 ふと見たらその豆が無くなっていて、何処からともなく豆が飛んできた。
 節分らしい、あの掛け声とともに。

「良いじゃない豆くらい。高校時代の貴女はそんな狭量ではなかったわよ?」
「ママのケチー」
「うるさい!」

 もっとも、初めはアイカの仕業だと思った。
 私に豆を投げて、そんな事を言うのはアイカしかいなかったから(去年もされたし)。
 しかし何回か豆を当てられて、アイカとは違う声が混じっている気がしたのだ。
 豆を当てられながらも注意深く耳を澄ませば、確かにアイカとは違う、そして聞き覚えのある声がかすかに聞こえてきた。
 その人物が特定出来たところから、冒頭へと入るわけなのだった。

 簡単な状況説明を脳内で終えたところで、私は視線を、特定した人物へと向ける。

「アイカが私に豆を投げるのは何となく分かるわ。でも天王洲さんから投げられる理由が分からないのだけど?」

 アイカが小さく「分かるのかよ」と言ったのはスルー。
 子供から不満を持たれない母親なんて、そうそういないのよ。
 私が義母さんの趣味に不満を持っていたのと同じように。
 だから、アイカが私に豆を投げたくなるような気持ちは分からなくないのだ。
 だからこそ、何の関連もない天王洲さんから豆を投げられるのは、腑に落ちない。

「私、天王洲さんに何かしたかしら?」
「何もされてないわよ?」
「え?」

 普通に答えた天王洲さんへ、思わず聞き返してしまった。

「じゃあ何で……?」
「面白そうだからに決まっているじゃないですか」

 それ以外の理由がありまして? と天王洲さんはクスリと笑った。

「皆の憧れだった桂ヒナギクが、娘から『鬼』と言われながら豆を投げつけられる。こんな面白いのに便乗しない私ではありませんことよ?」
「…………」

 絶句。
 その言語を聞いた私の状態を表すのに、これほど適した表現はないだろう。

「え? 何? じゃあ私は『面白そう』っていう理由だけで豆を当てられてたの?」
「そうなりますわね」
「『鬼』って言われながら?」
「だって鬼ですもの」

 言葉を無くす私の前で、くすくす、と天王洲さんは笑っている。
 どっちが鬼なのだろう、と疑問が頭に浮かんだ。

「言っておくけど天王洲さん、貴女のその考え、美希たちのと大差ないわよ?」

 何か仕返しをしたくて言った言葉も、「良いじゃないですか」の一言で返されてしまった。

「今まで肩肘張った人生を送ってきたのですもの。この当たりでお馬鹿になってみるのも悪くないと思いますわ」
「……それは」

 笑顔でそう話す天王洲さんに、私は返す言葉が見つからない。
 天王洲さんの今までの人生を私は知らない。
 でも、私に豆を当てて馬鹿をやる天王洲さんは本当に楽しそうで。

「あら? 何か言い返しませんの?」
「……ずるいわよ、全く」

 感じていた小さな怒りなど、すぐに消えてしまった。
 怒ることすら馬鹿らしく思うような、年齢に不相応な子供のような表情を見せられては、そうするしかなかったのだから。

「怒る気力もなくなったわよ」
「あら、つまらないですわ」

 苦笑しながらそう言うと、天王洲さんは楽しそうにまた笑った。

「これからが良い所でしたのに」
「それはどうかハヤテにしてあげてくれるかしら?」

 豆を掴んで投げる素振りをする天王洲さんに私は言う。

「怒ったら『鬼』のようになるのはハヤテも一緒よ?」
「あら、そうですの」
「ひょっとしたら、私よりも怖いかもしれないわよ?」

 普段優しいだけに、怒るときは本当に怖そうだ。
 私ですら怒ったハヤテを知らないのだから。

「じゃあアイカ、今度はハヤテに豆をまきに行きましょうか」
「え? パパに?」
「ええ、貴女のパパに」

 どうして? と首を傾げるアイカを笑顔で黙らせた天王洲さんは、ハヤテがいるであろう所へと足を向けた。

「じゃあヒナギク、失礼しますわ」
「……投げた豆に転ばないようにね」
「大丈夫ですわ」

 というか掃除していきなさいよ。
 散らかすだけ散らかしてとんずらですか。

 そんな気持ちを込めての皮肉だったのだが、やはり天王洲さんは天王洲さんだった。
 同姓でもドキッとするような魅惑的な笑みを浮かべながら、天王洲さんは答えた。

「――その時にはハヤテに受け止めてもらいますから♪」
「鬼は外ぉ!!」
「だから当たらないと言いましてよ!!」

 今度は全力で天王洲さんに豆を投げつけながら、私は思う。



 ――今年の掃除は大変になりそうだ、と。



「あ、あの……アテネ姉ちゃん? ママ?」

 突然豆の投げ合いを始めた私たちを見て戸惑うアイカの姿が、何故だかやけに可笑しかった。


End





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