あやさきけ2

□女神、襲来。
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「お姉ちゃん、誰……?」

 私が扉を開けると、目の前には凄く綺麗な人がいた。

「こんにちは。お父さんはいるかしら?」
「パパ?」

 その人にパパのことを聞かれて、改めてその人をまじまじと見る。


 ナギ姉ちゃんに負けず劣らずな位美しい金髪に、すらっとした体躯、そしてママよりも圧倒的にある胸の質量。

 はっきり言って、ないすばでぃ、というやつだった。

「えーと……パパに何か用……ですか?」

 思わず見とれてしまいそうな位綺麗なその人に尋ねると、その女の人は、まるで。


「ええ。お父さんに『女神が来た』って言えば分かるはずだから」



 まるで。
 言葉のごとく――女神のような笑みを浮かべて、その人は言った。






『女神、襲来。』




「パ、パパ!」
「おおっと」

 大慌てでリビングに飛び込んできたアイカに、くつろいでいた僕とヒナギクは少し驚く。

「ど、どうしたのアイカ……? そんな慌てて」
「そ、それが……」

 ヒナギクが心配そうにアイカに聞くが、アイカの息はまだ整っていない。

「はい、取り敢えずこれ飲んで」
「あ、ありがと……」

 手元にあった水をアイカに手渡すと、もの凄い勢いでそれを飲み干し、ようやく一息つけたようだ。

「それで? どうしたのアイカ」

 改めて僕がアイカに聞くと、

「そ、そう! なんかすっごく綺麗な人がパパ呼んできてって!」
「凄く……綺麗な人?」

 『綺麗な人』にヒナギクが僕を凄い目で睨んでくる。

「何ハヤテ……『また』誰か助けたの……?」
「こ、今回はそんなことないと思うけど……」

 残念ながら、そんな記憶はない。
 というか、ヒナギクの嫉妬が怖いからそんなこと出来ないし。

「ごめん、僕にも検討がつかないよ」

 というわけで皆目検討もつかない僕だったが。

「何かその人のことが分かるようなことないかな?」
「分かるようなこと……あ」
「何かあるの?」

 僕だったが。

「そうそう。『女神が来た』って伝えてくれって言われたんだけど」

 アイカの言葉を聞き終えるまでもなく、僕は玄関へ駆け出していた。





「アーたん!?」

 久しぶりに見る彼女は、玄関で手持ち沙汰な様子で、まっすぐ立っていた。

「あ。久しぶり、ハヤテ」
「久しぶり……」

 驚きの中で彼女に微笑まれ、思わず僕も笑みが浮かぶ。

「来ちゃった♪」


 天王洲アテネ。
 この世で最も偉大な女神の名前。
 それが彼女の名前。

「来ちゃったって……どうして急に?」
「まぁ良いじゃない。それともハヤテは嬉しくないのかしら?」
「いや嬉しいけど、いきなりで驚いちゃって……。取り敢えず上がってよ」
「ええ。お邪魔するわ」



「て、天王洲さん!?」
「久しぶり桂さん。いえ……今は綾崎さん、かしら」
「ひ、久しぶり……」

 リビングに現れた彼女を見て、ヒナギクもかなり驚いたようだ。
 そりゃそうだよなぁ……なんてったってアーたんがいきなり現れたんだから。

「ねーねーパパ。この綺麗な人、誰?」

 そんな中一人事情が分からないアイカだけが、不満顔で僕の袖を引っ張ってきた。
 なんだかのけ者にされたようで嫌だったんだろう。

「あーごめんアイカ。今紹介するよ。彼女は……」
「あら、さっきの可愛いお嬢さん。やっぱりハヤテたちのお子さんだったのね」

 僕の言葉を遮って、アーたんがアイカの手をとった。

「こんにちはお嬢さん。私の名前は天王洲アテネ。この世で最も偉大な女神の名前よ」
「アテネ……お姉さん?」
「あら、アテネ、で良いわよ?」

 アーたんに微笑まれ、アイカの顔が赤くなる。
 それよりもアーたん……その歳になってもその自己紹介なんだね……。
 実年齢よりずっと若く見えるからまぁ、アリなんだろうけど。

「不愉快なことを考えてたわね、ハヤテ」
「おわっ」

 そんなことを思っていると、いつの間にか眼前にアーたんの傘の先端が来ていた。

「何? デリカシーのなさは相変わらずということ?」
「え? あ、あははー嫌だな……そんなことないって」
「そんなことあるでしょう」

 ヒナギク、なんてことを言うんだい。

「あの……」
「ん?」

 二人の美女からジト目で見られたじろいでいたところに、救いの手が差し伸べられる。

「あの……アテネお姉さんは、パパとはどういった関係……なんでしょうか?」

 あのアイカが恐縮している……。
 なんとも珍しい光景を見た。
 質問を受けたアーたんは、僕に向けていたものとは思えないくらい優しい目をアイカに向けて、一言。

「元カノよ」
「ふぇ!?」

 率直過ぎる答えを言った。


「も、もももももも元カノ!? パパの!?」
「えぇ。加えるなら、アイカちゃんのパパのファーストキスを奪ったのも私よ♪」
「ファーストキス!?」
「え!? ヒナギクも驚くところなの!?」

 アイカだけでなく、ヒナギクも僕とアーたんを交互に見ながらわたわたとしていた。

「ちょ、ちょっとパパ!? 一体どういうこと!?」

 アイカがもの凄い剣幕で僕に詰め寄ってきた。
 おぉ……これは、怖いぞ……。

「い、いやどういうことって……昔のことだし」
「昔!? じゃ、じゃあ事実ってこと……!?」

 余りの形相だったので素直に答えたわけだが、逆効果だったようだ。
 額に手を当てながら、ふらふらとソファに座り込んだ。

「な、なんてこと……! ママならいざ知らず、こんな綺麗な人まで……」
「あらありがとう」

 そんなアイカとは対照的に、アーたんは上機嫌のようだった。
 アイカの頭に手を乗せて優しく撫でた、その後に。

「ちなみに高校時代もハヤテとキスしたのよ」
「ふにゃぁぁああ!?」
「はぁぁぁぁ!?」
「ちょ、ちょっとアーたん!? その情報は必要ないんじゃない!?」

 アーたんの爆弾発言に、女性から悲鳴が上がった。
 僕も心の中で絶叫が上がったよ!
 なんてこと言い出すんだ!

「あら、大事なことじゃない。原作の重大パートよ?」
「ワケのわからないこと言わないで!」
「ひ、否定していない……」
「ハヤテ……あなた」
「あ、アイカ……? ヒナギク……?」

 ヒナギクとアイカはもう泣きそうだった。
 ヒナギクなんか、もう目に涙が浮かんでいる。
 泣きたいのはこっちなのに。

「あ、アーたん! どうにかしてよ!」
「あら、やっぱりここはハヤテの仕事でしょう。夫の、父親の、ハヤテが」
「うっ……」

 アーたんに助けを求めれば、有無を言わせぬ意味深な笑顔しか返ってこない。
 そもそもアーたんが余計なことを言わなければ、この現状は生まれなかったはずなんだけど。

「あー、えーと、ヒナギク? アイカ?」
「なによぉ……」

 弱弱しい目を向けられて、胸が痛む。
 過去のこと、しかも僕とアーたんの問題を解決した大事な思い出ではあるけれど、今は家族に不安を与えるものである。
 僕の中でその思い出はとても美しく、切ないものだったはずなのだけど……。

「…………」
「ん? 何かしらハヤテ?」

 横目で眺める彼女は澄まし顔で、でもどこか楽しそうにも見えた。
 その表情が何を思っているのか、僕には分からないけれど。

「いや、なんでもない」

 僕にやれ、というのだから、きっと僕がやらなければならないことなのだろう。
 もしかしたら、ヒナギクたちにこのことを知らせるのが彼女の目的だったのかもしれない。
 どんなに僕が綺麗だと思っている思い出でも、ヒナギクたちにとってそれは、気分の良いものではないもののはずだから。

「アイカ、ヒナギク」

 それが彼女の伝えたい、僕にやらせたいことなのなら。
 再び最愛の家族に視線を戻す。
 二人の瞳は、まだ不安に揺れている。
 二人の不安を取り除くことが、僕に求められる最低限の、最高の結果のはずだから。


「僕が愛しているのは、二人だから」


 だから、二人の目を見てはっきりと伝えた。
 嘘偽りの一切ない、正直な気持ちを。

「……本当? パパ……」
「うん、本当だよ」
「嘘……だったら殺すわよ?」
「嘘じゃないから殺せないよ」

 物騒だぞマイワイフ。

「とにかく昔の話だから……」
「……それなら」
「良かったぁ」

 ヒナギクとアイカが大きなため息をつく。
 その様子を見る限りどうやら最高の結果を残せたようで、僕も心底ほっとした。
 僕ら三人の様子を見て、アーたんが楽しそうに笑っていた。

「ふふ……ちゃんと父親出来てるのね、ハヤテ」
「もぅ……誰のせいだと思ってるんだよ」
「自分のせいでしょ?」
「アーたんのせいである部分が大きいと思います!」
「あらそうだったかしら?」

 けらけらとアーたんは笑って、「でも」と言葉を続けた。

「でもこれで、些末事ではあるけれど……隠し事はなくなったんじゃない?」
「……アーたん、やっぱり……」

 どうやら、僕の思っていた通りだったようだ。
 自分との過去が、僕たち家族にとって不安の種であると、アーたんは感じていたのだ。
 だからこうやって、いきなり我が家にやってきて、カミングアウトして……。

 自己犠牲、と言って良いのか分からないが、ずっと僕のことを心配してくれる彼女に胸が熱くなる。
 彼女に出会えて、本当に良かったと、心から思う。

「……ありがとう、アーたん」

 色々伝えたいこともあったけど、その言葉しか言えなかった。
 本当、彼女には頭が下がるばかりだ。

「私は何もしてないわ。ハヤテが一人で解決したのよ」
「うん。でも、お礼を言いたかったんだ」
「……そう」


 本当にありがとう、アーたん。
 改めて心の中で、頭を下げた。
 感謝の気持ちで一杯で、溢れそうだった。

 だから。

「――あ、そうそうハヤテ」
「え?」


 だから。


「一つ言わなくてはならないことがあったのだけど」
「うん、何?」



 ――だから、出来れば次の言葉は聞きたくなかったよ、アーたん。


「あなたとの過去をあなたの家族にばらしたのはね、ばらしたら面白いかなーって思ったのが大半の理由なのよ」
「それは今すぐ僕に謝るべきだよアーたん!」



 本当、よく彼女と付き合っていたものだ。
 当時の自分に拍手を送りたくなった。





 …




「今日は楽しかったわ♪」
「僕は疲れたよ……」
「私も……」
「出来れば今回みたいなことは、もうしないようにお願いしたいわね……」

 夕方。
 僕たち三人は玄関で、アーたんの見送りをしていた。
 あの後何だかんだで一緒に夕食を食べて、食べ終えて間もないうちに「そろそろお暇するわ」とアーたんが言ったのだ。

「それと、次来る時は事前に連絡してほしいな。今回はなんのもてなしも出来なかったから」
「そうよ。こちらとしてはもう少しちゃんとしたもの食べてもらいたかったんだから」

 ヒナギクがため息をつきながら僕の言葉に便乗してくる。
 どうやら今回の一件で、ヒナギクの中のアーたん像が崩れ去ったようだ。

「ふふ……。そういうことなら、次来る時はちゃんと連絡するようにするわね」
「そうしてね」
「そういえば……」

 ふと気づいたように、アイカが口を開く。

「どうしてアテネ姉ちゃんは、今日私の家に来たの?」

 どうやらアイカもアーたんのイメージが大幅修正されたようだった。

「どうしてってそれはアイカ、僕たちの……」
「でもそれ、今日じゃなくても良かったよね? 私なんかは今日、アテネ姉ちゃんと初対面だったわけだし」
「え?」

 アイカの言葉に、返答に困る。
 そう言われてみればそうなのだろうけど、でも僕たちのことを思ってアーたんは来てくれたのだ。

 だが、やはり彼女は一味も二味も違った。

 僕が悩んでいる返答を、アーたんは何も迷うことなく、こう答えた。



「原作の出番が余りにもないから、思わず来ちゃったのよ」
『…………へ?』
「それじゃあね。お邪魔しました♪」




 僕たちが反応する前に彼女はそういい残し、軽やかに去って行った。
 まるで何事もなかったかのように、あっさりと。


「……本当、大した女神様だよ」
「本当ね」
「……凄い」


 自分の家なのに置いてけぼりを食らったような気持ちになって、僕たち家族三人は顔を見合わせながら、苦笑を浮かべたのだった。



 全く本当。
 気まぐれな女神には困ったものだな、と。

 それでも悪い気が全然しないのはやはり彼女が女神だからなのかな。


 そんな馬鹿らしいことを考えながら、僕は玄関扉を閉めたのだった。






End




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