あやさきけ2

□秋
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 十月も下旬。
 例年よりも低い気温のためか、冬と秋が同時に訪れたかのような日が続いている。

「うひゃー、寒いねパパ」
「そうだね」

 秋物ではなく、冬物の上着に袖を通した僕とアイカは現在、ヒナギクに頼まれた買い物を終えての帰り道だ。
 顔に当たる風は冷たく、氷をぶつけられたかのように痛い。本当、十一月にもなっていないのに冬道を歩いている気分である。

「今年は冷え込むなぁ……」
「なんか、カメムシがたくさん出たから今年は凄く寒いってニュースで言ってたよ」
「へぇ、そうなんだ」

 少し立ち止まって、傍らの街路樹に目をやる。
 見てみれば、木々の枝にはまだ葉がついている。
 というか、葉はまだ赤々としていた。

 言うところの紅葉、というやつだ。

「この寒さで季節的には秋って言うんだから、冬はどれくらい寒くなるのかな」
「……想像もつかないね」

 この紅葉を見ると、季節はまだ秋なのだと実感する。いや、『ようやく秋になった』と思わされるのだから、何とも不思議な気持ちだった。
 九月が過ぎ、十月に入っても中々『秋』というものを実感できずにいたのだ。寒さの影響もあるのか分からないけれど、一ヶ月ほど前にこの街路樹を見たときは、ここまで紅葉が進んでいなかったように思う。

「寒いのは嫌だよぅ」
「冬生まれが何を言うか」

 寒さにコートの襟を寄せるアイカに苦笑しつつ、同じように僕も襟を寄せる。
 寒い。とにかく、寒い。
 秋がここまで寒い年も珍しいのではないかと思うくらい。

「パパだって冬生まれじゃん」
「あはは、そうだったね」

 アイカが生まれて、もう九度目の秋。
 一、二年前までは、例え真冬だろうが関係なしに外で遊んでいたアイカが『寒さが苦手』と呟くのを聞くと、それ程年月が経ったんだなぁ、と感じずにはいられない。
 そう思ったから、僕はアイカに言う。

「でも去年のアイカなら、この寒さでも元気に外で遊んでいたけどなぁ」
「へ? そうだっけ?」
「うん。上着も大して着込まないで走り回っていたよ」
「んー、良く覚えてない」
「そっか」

 もしかしたら、本人は自覚していないだけで、こういう小さな変化は、子供を何時も見ている親だからこそ分かるものなのかもしれない。
 子供に関心を持っているからこそ分かる、僅かな子供の成長なのかもしれない。
 そう思うと、こんな自分でもそれなりにこの子の親をやっていけているのだと思える。

「どうしたのパパ? ニヤニヤして」
「えっ」

 アイカの怪訝そうな声にハッとする。
 僕譲りの空色の目が、不思議そうにこちらを見ていた。

「何か面白いものでもあったの?」
「い、いや全然」
「? そう?」

 嬉しくなって少し気が緩んでいたようだ。
 誤魔化すようにわざとらしい咳をして、

「それよりアイカ。寒いから早く帰ろうか」
「ん。そだね」

 どうやら誤魔化すことには成功したようだ。
 いや、そもそも大した関心がなかっただけかもしれないけど。

「ほらアイカ」

 そんなアイカに、僕は手を差し出した。
 もっと早くこうするべきだったな、と思いながら。

「寒いからね」
「……ありがと、パパ」

 差し出された手を、ぎゅっとアイカは握った。
 冷気ですっかり冷たくなった掌に、小さな熱を感じる。

 僕の手をしっかりと握りながら、アイカは言った。

「帰ったら一緒にお風呂入ろう!」
「…………そういう所は変わってほしい、かな」
「えー」
「えーじゃないよ」

 変わるところもあれば、変わらないところもある、か。

 不満げに口を尖らせるアイカに苦笑しながらも、紅葉に染まった並木道を僕たちは再び歩きはじめた。


 十一月も眼前に迫った、十月の下旬。
 紅葉も終わっていない頃。
 小さな秋ならぬ小さな娘の変化を見つけた、とある帰り道のことだった。


End





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