関ヶ原's Novel
□ひな祭りの意味と名前の由来
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3月3日。
世間一般的には「ひな祭り」と呼ばれる日。
おそらく小さい女の子がいる家では、雛壇に雛人形が飾られているところも少なくないはずだ。
そんなひな祭りが、ちゃんと意味を持って行われているイベントということを、皆さんは知っているだろうか。
ひな祭りには、基本的には「女の子の幸福と成長を願う」という意味がある。
女の子の幸福と成長。
「……幸福と、成長……ねえ」
自身の誕生日に関わる行事の意味をつぶやいた少女――桂ヒナギクは、深いため息を吐いた。
「? どうしたんですかヒナギクさん」
「ちょっと、ね」
傍らの少年が不思議な表情でこちらを伺ってくるが、
「口に出すほどのことじゃないから、気にしないで」
苦笑いと共に、そう答えを返した。
本当に大したことを考えていたわけじゃない。
ただ、3月3日にあるひな祭りの意味と、同日にこの世に生まれた自分。
3月3日に生まれた自分に付けられた「雛菊」という名前の由来を思って、ちょっとセンチメンタルな気持ちになってしまっただけなのだ。
ひな祭りと、雛菊。自分の名前にひな祭りが関係してないとは、どうしても思えない。
ならば、自分の名前の由来には、「ひな祭り」の意味が多少なりとも込められていると考えてしまうのは、普通のことではなかろうか。
「そうですか? まあ、ヒナギクさんがそういうのであれば……」
首を傾げる少年――ハヤテを横目でちらりと見ながら、ヒナギクはひな祭りの意味と、自分の今までを重ねてみる。
幸福と成長。
幸福。正直な話、今の義父義母が自分たちを引き取ってくれる前までの生活、人生は、お世辞にも幸福であったとは言い難いものだ。
もちろん幸せを感じたことが無かった、というわけではない。しかし、他の人から見れば自分の人生は波乱万丈で、どうしても幸福に溢れているとはお世辞にも言えないものだというのは仕方ないと言える。
両親に捨てられ、借金を押し付けられ、姉と逃げるように暮らしていたあの頃。
それでも、ケーキの変わりにクッキーで行われたあの誕生日は、一生大切にしていきたい宝物の思い出である。
その大切な思い出があるから、ヒナギク自身も過去に囚われず、誕生日を「楽しいイベント」として受け入れられていると言っても良いだろう。
、、
「まあ……そこだけ見れば、あながち不幸せってことじゃないんだけどね……」
誰に言うわけでもなく、話しかけるわけでもなく、ボヤキのように中に消えていったその呟き。
そう。たしかに、「幸福」に関して言えば、自分はその例から外れているとは思えない。
たしかに幼少期、それなりに辛い思いをしたし、大変な出来事もあった。
それでも、姉の存在や今の両親、そして初恋の相手との思い出。
自分の人生を総括して見てみると、不幸の中にも数多くの幸福が存在している気がするのだ。
だから、それは良い。
それは良いのだ。
自分が吐くため息の理由に、「不幸だから」という理由は含まれていない。
ため息の理由は、一つだけ。
残りの「成長」。これだけである。
「…………何が成長よ……!」
ため息の後にヒナギクの口から発されたのは、不の感情たっぷりのその言葉。
まるで両親の敵を目前にしたかのように発せられた「成長」の二文字。
「ヒナギクさん?」
聞こえるか聞こえないかの声量で呟かれたその言葉をしっかりと耳で拾い、ハヤテが再びヒナギクへ顔を向ける。
しかし、ヒナギクの視線はハヤテには向かれていなかった。
琥珀色の瞳が向けるのは、ただ一点。
――――胸、だった。
「……何が成長なのよ!」
「あ、あの……」
成長成長成長。
確かにヒナギクは、子供の頃に比べれば背丈も伸び、精神的にも少しずつではあるが成長しているであろう。
その部分だけ見れば、確かに「成長」していることになる。
幸福と、成長。
「ヒナギク」の「ヒナ」に含まれているであろうその由来に、恥じぬものになっているはずだ。
しかし、桂ヒナギクは女の子。
花も恥じらう16歳の乙女である。
背丈よりも、精神的な成長よりも、何よりも。
「幸福と成長願ってるなら胸も成長させなさいよ――――!! バカ――――!!」
誕生日という目出度い日に叫ぶにはあまりにも悲しく、虚しいその声は、3月の空に僅かに響きながら消えていく。
「はあ……はあ……」
「…………」
燻っていた思いを爆発させたヒナギクは息を整えながら、隣を見る。
そこには、想い人であるハヤテの姿。
ハヤテは突然大声をあげたヒナギクを、驚いた様子で見ていた。
「あっ」
ヒナギクは冷静さを取り戻すと同時に、好きな人の前でとんでもないことを叫んだことを理解したのだった。
かぁっと、爆発的速度で顔の温度が上昇した。
「あ、あの……! 」
「ち、ちがうの! これは……!」と、両手を横にバタバタと振りながら言い訳をしようとするが、
「……」
ハヤテはすっ、と手を前に出して、優しい笑顔でヒナギクを見つめ、言う。
「僕は、貧乳なヒナギクさんが、一番好きですよ」
まるで聖母のような(※男性です)全てを包み込む笑顔に、思わずヒナギクは見惚れた。
そうだ、何を悩んでいたのだろう。
好きな人が、自分の胸を好きだという。それでいいじゃないか。
他人の考えなど、ハヤテの好みに比べればどうってこと無いじゃないか。
ヒナギクの手をとって、ハヤテは言う。
「だから、気にすることなんてないんですよ。胸の小ささなんて」
「……ええ」
ヒナギクも釣られて、笑顔になる。
悩みが晴れたからだろうか、その笑顔は、まるで晴天のような晴れ晴れとしたものだった。
「せっかくの誕生日です。楽しみましょうよ」
「……そうね。それじゃあもっと楽しめるように、エスコートお願いできるかしら?」
「喜んで、お姫様」
「今日なら「お雛樣」じゃないのかしら?」
「あはは、そうですね。では行きましょうか、お雛様」
今日は3月3日、ひな祭り。
女の子の幸福と成長を願う意味が込められた日。
その3月上旬の空の下で手を取り合う男女のその姿は、ひな祭りの意味に違わず。
少女のちょっぴりとした成長が伺える、幸福に溢れたものであったに違いない。
「でも、やっぱりハヤテ君も大きいほうが好きなんでしょ?」
「……まあ、多少は……」
「――――ッ!」
「あ……! う、うううう嘘です嘘です僕は小さい胸の女の子が大好きですハイ!」
「う、うううううう……!」
「だ、だから今のは本当に嘘で……!」
「も……も……」
「ゆ、許してください……って、も?」
「…………も、揉んだら大きくなるって言うわよね……?」
「!?」
幸福と成長を願って。
この少女が色んな意味で「大人の女」に成長するのかどうかは、少女の眼前で魚のように口をパクパクさせている少年に委ねられたのであった。
結果? そんなものは神のみぞ知る、というやつだ。
End
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