book3

□秋入り前
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『秋入り前』



 九月に入り、段々クーラーをつけるよりも窓を開けたほうが涼しい、快適な季節になってきた。
 不安定な天候も段々と収まっていき、最近は秋の兆しが見える、良い気候が続いている。

「はあ……もう秋なのねえ」

 時刻は六時を少し回った頃。
 学校帰りの道は街頭が灯り、時刻的には夕方だが、あたりはまるで夜のようだ。
 すっかり暗くなった空を見上げて、ヒナギクが呟いた。

「少し前までは、この時間帯でも明るかったのに」
「涼しくなって来ましたしね〜。秋が近いんですよ」

 ヒナギクの言葉に、傍らのハヤテが応える。
 肌に当たる風は、少し冷たい。
 残暑が長く続くかと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。
 真夏日並の気温が続いたのは二、三日程度だったような気がする。

「うわ、寒……」

 白皇学院の制服はまだ夏服だ。
 肌に風が当たって、少し寒い。
 思わず身震いしたヒナギクの肩に、ふわっと。

「寒くなってきましたので、どうぞ」

 隣を見ると、ハヤテが笑顔でこちらの顔を覗いていた。
 ハヤテはYシャツ姿だった。
 ということは、今肩に掛けられているのはハヤテの上着ということか。

「あ、ありがと……」
「いえいえ」

 上着に触れると、暖かかった。
 上着から感じる温もりに、ヒナギクの頬が赤くなる。

「……暖かいわ」
「それは良かった」

 照れくささと嬉しさと気恥ずかしさを隠すように俯く。
 そんなヒナギクに気づくことはなく、ハヤテは。

「じゃあ、帰りましょうか。冷えてきましたし」

 上着を掛けるのと同じように、何の気もなしに。

「あ……」
「これならもっと暖かいですよ」
「…………ええ、そうね」

 恥ずかしさを顔に残したまま、ヒナギクも笑みを返して、歩き出す。

「帰りましょうか。ゆっくりね」


 夏の姿が遠ざかり、肌寒い風が吹く秋入り前。
 
 肩と、そして手のひらに感じる温もりを愛しく思いながら、ヒナギクは掛けられた上着をぎゅっと握ったのだった。



End



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