あやさきけ
□雨の日が続くときには
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最近の天気はおかしい。
空は一面鉛色。
窓の向こうは雨一色。
生憎すぎる空模様に、綾崎アイカはため息をつく。
「いつまで続くんだよぉ…」
季節は五月。下旬とは言え、入梅にはまだ早い時期だ。
「本当だね。いつまで降るのかな?」
アイカを膝に乗せたハヤテが、同意する。
ここ数日の天気は今日のような雨オンリー。
朝起きても雨、帰ってきても雨。
次の日目が覚めても、窓に付く水滴が目に入る。
目に入っては、気が滅入る毎日だった。
気温も低く、今日に限ってはとうとう十度を下回った。
「てるてる坊主も効かないし……パパ、何とかしてー」
大好きな父親の膝の上にいるにもかかわらず、アイカのテンションは気温に相成って低い。
外でも中でも遊ぶのが好きなアイカだが、連日の雨にはすっかり参っているようだ。
「うーん……そうしてやりたいのは山々なんだけどね」
そんなアイカの父だからこそアイカの気持ちは痛いように分かるし、ハヤテ自身、雨のせいで庭の手入れも満足に出来ない状態だったので雨にはそろそろ休んでもらたかった。
「僕じゃちょっと役不足かな……」
しかし天候には勝てない。
時の流れに任せるしか出来ないのだ。
「パパー」
「あはは、ごめん、アイカ」
不満げな娘の声に、ハヤテは苦笑で応えることしか出来ない。
気休めにアイカの頭を撫でてはみるが、
「むぅー……」
「(参ったな……)」
大して意味はないようだ。
これが雲ひとつない青空の下でのことだったら、アイカは猫のように膝に頬を摺り寄せてくるはずなのに。
「本当、イヤになるわねこの雨」
ハヤテがそれでもアイカの頭を撫でていると、洗濯籠を手に持ちながらヒナギクが呟いた。
視線を向けると、アイカと同じしかめ面が目に入る。
「こうも雨が続くと、洗濯物が乾かないのよ」
「そうだね……」
「はぁ……今日も部屋干しするしかないか…」
「手伝おうか?」
「今は遠慮するわ。それよりもアイカをお願い」
私よりも参ってるみたいだから、とヒナギクは言って、洗濯物にハンガーを通し始めた。
「……はぁ」
ハヤテの膝の上では、アイカが何度目かわからないため息をついていた。
「お日様が恋しいよぅ……」
「その言葉には激しく同意」
最愛の娘に妻。この二人の気分が落ち込んでいると、家の雰囲気も空模様のようにどんよりと暗くなる。
一週間近く同じ空しか見てないのだからそれも当然だろう、とハヤテは思う。
同時に、大黒柱として何とかしなければ、とも。
アイカやヒナギクだけではない。
この天気にうんざりしていたのは、二人だけではないのだ。
「………よし」
ハヤテは小さく呟くと、アイカをそっと降ろしながら立ち上がった。
「? パパ?」「ハヤテ? どうかしたの?」
急に立ち上がったハヤテを不思議そうに見つめる二人に微笑みながら、ハヤテは言った。
「遊びに行こう」
「「……へ?」」
「だから、外へ買い物でも行こう」
口を開けて固まる二人に、ハヤテは再び言った。
「家でダラダラしてるから気が滅入るんだよ、きっと」
「それは…そうだけど」
「この雨だよ? どうやって買い物いくの?」
「お嬢様にでも車を借りるさ。それよりアイカ、欲しいものとか食べたいものあるかい?」
「え!? 買ってくれるの!?」
「うん。ここのところアイカはずっと我慢してたから、そのご褒美」
ハヤテの言葉に、ようやくアイカの顔に笑顔が戻った。
「やった! それじゃあね、私が欲しいのはね」
「うん」
「勿論パ―――」
「はいストップ」
目を爛々と輝かせたアイカの口に、ヒナギクが手を当てる。
「アイカ、貴女まだそれを言うか」
「何よー。いいじゃん別に、減るもんじゃないし」
「減るのよ! 主に私への愛情とかが!」
「どの口が言うのよ!?」
「おーい……喧嘩は良くないよー」
まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、いつものじゃれあいを始める二人にハヤテは苦笑を浮かべた。
いつものように、騒がしいけれども賑やかな家族の声が聞こえる。
一週間という短い期間それを聞いていなかっただけなのに、随分と久しぶりに耳にする感じがする。
「……全く」
そのことを嬉しく思いながら、ハヤテは窓から鉛色の空を見上げた。
空の色はまだ暗いし、雨も降っている。
しかし。
「だいたいママはいい年して―――!」
「貴女だってもう三年生のくせに―――!」
先ほどのようなどんよりとした空気は、綾崎家には漂っていない。
あるのは喧騒と、何より、温かさ。
「さて、と…。お嬢様に連絡しなくちゃ」
愛しい家族のじゃれあいをBGMに、ハヤテは携帯電話の電話帳を開き始めた。
今からこの家族と出かけるために。
「あ、お嬢様ですか? ハヤテですけど―――」
この天気の中でも、今みたいに賑やかにしていれば晴れるかもしれない。
もしそうなったのなら本当にお天道様というものは気まぐれだなぁと一人可笑しく思いながら、ハヤテは受話器に耳を当てるのだった。
…
余談。
「……これが欲しいの? アイカ」
「うん! 私はこれが欲しい!」
「そう…」
ナギ(の家)に車を借りて出かけた先で。
アイカが欲しいと指差したのは、一冊の本。
「この人の絵、可愛くて好きなんだ!」
「……そうなんだ」
「……ハヤテ、買ってきなさい」
「だね……」
ヒナギクとの攻防の末に辿り着いたアイカの答えは、本。
本といっても薄っぺらい、大き目のサイズの本なのだが。
「はい、アイカ」
「あは♪ ありがとう! パパ、ママ!」
その本を手にとりながらはしゃぐ娘に、両親は何も言えなくなる。
誰が言えよう。アイカが手にしているのが『同人誌』なのだと。
もしかしたら分かっててアイカは頼んだのかもしれない。
しかし欲しいものの一番が『実父』、次が『同人誌』という娘の思考回路に、ハヤテとヒナギクは不安を覚える。
「……ハヤテ」
「何かな」
「……この娘の方向性を正すのと、この天気を変えるの、どっちが難しいのかしらね」
「……それは言わないでおこう」
娘の嬉しそうな姿を遠い目で見つめながら、ハヤテとヒナギクは深い深いため息をついたのだった。
End
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