ヒナの使い魔
□第二章
5ページ/12ページ
トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本搭の中にあった。
食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ、並んでいる。百人は余裕で座れるだろう。
二年生のヒナギクたちのテーブルは、真ん中だった。
どうやらマントの色は学年で決まるらしい。三年生らしき者たちは紫色のマントを羽織り、新入生らしき者たちのマントは、茶色だった。
朝食、昼食、夕食…。
どうやら生徒や教職員は全て、ここで食事を取るらしい。
一階の上にロフトの中階があり、先生らしきメイジたちが、そこで談笑しているのが見えた。
テーブルにはいくつものローソクが立てられ、花が飾られ、フルーツが盛られた籠がのっている。
ハヤテが食堂の豪華絢爛さに驚き、口をぽかんとあけているのに気付くと、苦笑いを浮かべながらヒナギクが言った。
「凄いでしょ?」
「えぇ…。まさかこれほどとは…」
借金取りに追われていた頃の生活――まぁ元の世界なわけだが――からは余りにかけ離れていて、これらの食卓にかかる費用などを考えている自分に苦笑してしまった。
一人苦笑を浮かべているハヤテに不思議そうに首をかしげて、ヒナギクは話す。
「トリステイン魔法学院で教えるのは魔法だけじゃないの」
「メイジって殆どが貴族なの。
『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を、存分に受ける
」
成るほど。
ヒナギクの話を聞いてハヤテは思った。
このトリステイン魔法学院は、魔法がなければハヤテの世界で言う『お金持ち学校』だったり、『お嬢様学校』にあたる。
ならばテーブルマナーの一つでも教えているのは当たり前だろう。
…とはハヤテの見解だったが。
「貴族、ですか…」
この世界で本当良く耳にする言葉にハヤテは少し顔をしかめた。
昨夜、ヒナギクと話をした時にこの世界のことも聞いていた。
『貴族』と『平民』
これはハヤテたちの世界で言う『金持ち』と『庶民』の関係と同じようなものである。
つまり身分の違いだ。
質素な服を纏う平民に比べて、貴族が華やかなのは世の常である。
質素な服を着る貴族がいたらそれこそ周りの貴族から奇異の目を向けられる世界なのだ、ここは。
どこの世界にも身分というものはある、とハヤテは思ったことは記憶に新しい。
そして、貴族が平民を見下している、とい事も。
「この料理はね」
そんなハヤテを見てヒナギクは口を開いた。
「この学院に勤めている料理長さんたちが作っているの」
それはそうだろう。貴族達が自分自身で料理を作っている姿など想像できない。
「とても美味しいし、私にはここまでの料理を作ることは到底出来るとは思えない」
ヒナギクはここまで話すと、優しい笑顔を浮かべて言った。
「だから私は、彼らを尊敬しているわ」
「―――え」
放たれた言葉は余りにも意外すぎた。
いや、ヒナギクの人間性から考えれば全然おかしくはないのだが…。
「だから、残さないように、感謝して食べましょ?」
こんな大勢の貴族の中で。
誰もが始祖ブリミル(この世界のイエス・キリストのような神らしい)に感謝の辞を述べている中でただ一人。
ヒナギクだけが、平民に感謝を述べている。
「……ヒナギクさん」
そんな姿を見て、ハヤテは思った。
自分のマスターがヒナギクであることに誇りを持とう。
マスターの目となり耳となり、盾となり剣となろう。
それが『使い魔』の役目ならば。
――マスターのため、この身を精一杯捧げよう…。
出会ったときに立てた誓いを、ハヤテは改めて強く誓った。
ヒナギクに与えられた食事が旨かったことは、いうまでもない。