ヒナの使い魔
□第五章
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「あの…マルトーさん。『我らの剣』は止めてください」
で、この親父を始めとした厨房組は、貴族を倒したハヤテを尊敬し『我らの剣』と呼ぶ。
「何を言う!?お前は平民でありながら偉そうな貴族を己の剣で倒したんだ!これを讃えないでなにを讃える!?」
「いや…。別に讃えなくていいですし…」
「おぉ!聞いたかお前達!我らの剣は己の力を過信しない!!」
「過信しない!」
マルトー親父の周りにいた料理人達も一緒になって場を盛り上げる。
「……聞いてないし…」
その場の主役は対象的なようであったが。
「よし!じゃあ『我らの剣』、この皿を運べ!」
何が『じゃあ』か。
剣が皿を持てる訳無い。
頼むのならせめて名前で呼んでもらいたいものだったが。
「…わかりました。すぐ持って行きますけど、僕の名前は『ハヤテ』だって教えましたよね?」
「おう教わった!だから早く行け!料理はどんどん出来上がっていくぞ!!」
「急げよー『我らの剣』」
「落とすんじゃねーぞ『我らの剣』」
「アンタら覚える気ないだろ!!」
ハヤテは激昂しながらも皿を運ぶ。
名前を呼んでもらえないのは不満だったが、この喧騒とした厨房の空気は、決して嫌いではなかった。
…
「はぁ…。人の名前を覚える気があるのか?あの親父たちは」
うなだれながら歩く食堂までの道中、ハヤテは同じく支給として隣を歩くシエスタに愚痴を零した。
「初対面から今まで名前で呼ばれたのは何回か…」
思い出しては、片手の指に満たない数だと思いだし、またうなだれた。
シエスタは苦笑しながらハヤテをフォローする。
「マ、マルトーさん達も悪気があって言っているわけじゃないんですよ?貴族に勝った『英雄』として讃えているだけですよ!……たぶん?」
「うん、最後の疑問系はなにかな?シエスタ。つーかフォローになってません」
「はぅ……」
指摘され縮こまったシエスタにはどこと無く小動物を連想させる。
そんなシエスタを見ると自分の愚痴が小さいように思えてきて。
「……あはは。でも、ありがとうシエスタ」
「…!はい!!」
シエスタの嬉しそうな笑顔を見て、ハヤテのつまらない不満は消えていったのだった。
結局ハヤテはシエスタにフォローされることになったのである。