連載小説

□店長と告白
2ページ/4ページ





 状況が全く分からない。わたしは名刺を手に持ったまま、なぜか店長の車の助手席に乗っている。あまりの混乱に言葉が見つからない。
「戻って来たよ」
 ようやく、そんな説明があった。
「戻ったって、こっちにですか?」
「そう。新しく店をオープンさせるから、そこの店長になる。憶えてない? 四年くらい前に閉店した国道沿いの店舗。あそこを再オープンする」
「それはおめでとうございます」
「土曜日にみんなで集まった時、サプライズで登場して発表したんだけどね」
 ああ、そうか。いずみんが言っていたサプライズ企画というのはこのことだったのか。それならサプライズがあると聞かされていても、ちゃんと驚く自信がある。
「崎田さんも来るかなって楽しみにしてたのに来ないからさ」
「それでわざわざ個別に驚かせに来たんですか?」
「そうそう」
「ありがたいですが仕事しなくていいんですか?」
「オープン準備は週末から。引っ越しもあったし、引き継ぎやらなんやでしばらく休みなかったから有給休暇中」
「新居の片付けは終わったんですか?」
「いや、全然」
「片付けてくださいよ。オープンしたらまたしばらく休みなくなりますよ」
 こんな所でこんなことをしている場合ではない。片付けもそうだし……。
「奥さんと、お子さんは……?」
 聞くと店長は少し間を置いてからふっと笑い「離婚した」と言った。
 わたしはしばらく、その言葉の意味を理解できずにいた。たった一言なのに、その言葉はとても重く、理解しがたい。
 答えないわたしを見て、店長はこの五年間で起きたことを話してくれた。

 五年前、地元に戻った店長は地元の赤字店の経営を立て直すべく、朝から晩まで忙しなく働き、奥さんは近所のスーパーでレジ打ちのパート。あまりの忙しさに、こっちにいた時以上に家に帰れず、深夜に帰宅しても食事すらない。もうすっかり結婚生活は破綻し、夫婦というよりただ同じ部屋で生活しているだけの他人のような状態になってしまっていたという。
 それでも親の反対を押し切って結婚した手前簡単に離婚することもできず、どうにかこうにか形だけの夫婦を続けた。
 しかし数ヶ月前、奥さんの妊娠で状況が変わる。突然の、しかも全く身に覚えのない妊娠だったらしい。避妊はしていたし、それ以前に妊娠までの数ヶ月、そういうことをしていなかったという。だけど奥さんが身籠った以上奥さんの子どもであることに違いはない。自分の子として育てる決意をした。わたしにメールが届いたのはこの頃のこと。
 でもそれも束の間、見知らぬ男が家にやって来て、お腹の子の父親は俺だから離婚してほしい、と迫った。
「すぐ頷いたよ。ちょうどこっちに戻って店長にって話があったし。離婚の手続きとか色々面倒だったけど、これで俺は三十三歳バツイチ独身男」
 店長はやけに軽快に言ったけれど、笑える内容ではない。すっかり困ってしまって、手に持った名刺をぎゅうと握り締めた。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ