連載小説

□店長と告白
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 季節が変わる頃、いずみんから飲み会のお誘いメールが届いた。久しぶりに古本屋メンバーで集まろうというものだった。
 日程を見たけれど、その日は無理だ。発注した商品が山ほど届き、検品や品出しで大忙しの時期とばっちり重なる。しかも店長が出張でいない日でもあった。
 断りのメールを入れると「サプライズ企画があるから少しだけでもおいでよ」と返信があった。いずみん、サプライズがあると言った時点で、それはサプライズではないんじゃ……。
 もし万が一仕事が早く終われば行こうと思ったけれど、案の定検品に追われ、しかもその日に限ってやたらと包装が多く、レジを閉めようとしたら数字が合わなくて、結局行くことができなかった。

 その数日後のことだった。週に一度の休み明け。朝番の勤務を終えて、今日はすんなり帰ろうとしていたら、遅番の桃子ちゃんが思い出したようにこう言った。
「そういえば昨日、崎田さんにお客さんが来ましたよ」
「え、誰? メーカーさん?」
「いえ、お客さんです」
「常連さん?」
「見たことない男の人でしたよ」
 全く予想ができない。わたしを訪ねて来る男の人なんて、元恋人くらいしかいないんじゃ……。でもすっぱりきっぱり別れているし、今更訪ねて来るとも思えない。
「どんな人だった?」
「ええと、背が高くてかっこいい人でした」
「ざっくりしてるねえ……」
「崎田さんは毎週火曜がお休みで、明日は朝から出勤、六時には仕事が終わる予定ですって伝えておきました」
「情報だだ漏れだね」
「あ、あと名刺もらいました」
「名刺あるなら最初に出そうか」
「忘れてて」
 エプロンのポケットをあさり、差し出された名刺を受け取った、瞬間。桃子ちゃんが「あ、あの人です」とわたしの背後に目をやるから、名刺を確認する前に、反射的に振り向いた。
 そこに立っていたのは、桃子ちゃんが言った通り背が高くてかっこいい男性。
 男性はわたしを見下ろしにっこり笑い「久しぶり」と言った。
 その人の顔も声も、知っている。でも、ここに、こんな所にいるはずもない人だった。
 その笑顔をぼうっと見つめていると、男性は急に焦り出し、わたしのネームプレートを確認して、桃子ちゃんに「この人崎田邑子さんだよね」と聞いた。
「あの、崎田さん。俺のこと憶えてる?」
 憶えていないわけがない。
「どうしてここにいるんですか? 店長……」
 五年ぶりの店長が、目の前にいた。夢かどうかと疑って、首からネックストラップを使ってぶら下げていたボールペンで、手の甲を刺したら痛かった。夢じゃないみたいだ。
「ちょ、何してんの!」
 慌ててわたしの手の甲を擦る温かくて大きくてごつごつした手。この感触も憶えていた。
「店長、何してるんですか?」
「いや、それこっちの台詞だから」
「夢かと思って」
「夢じゃない。現実だから」
「でしょうね。超痛かったです」
「髪は短くなったし、昔より化粧も薄いけど、変わってないね崎田さん」
「そうですか?」
「突飛なところとか」
「突飛ではないですけど」
「休憩中にピアスあけたり」
「休憩中にピアスはあけましたけど」
「ボールペンで手の甲刺したり」
「手の甲は刺しましたけど」
 後ろで桃子ちゃんが笑っていた。笑いながらも冷静に「とりあえず今日はもう上がってデートして来てくださいよ」と言う。それを聞いて店長も「じゃあ崎田さん、デートしようか」と笑った。




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