連載小説

□店長と久しぶりの連絡
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 五年が過ぎた。
 二十八歳、独身、彼氏なし。あの時の店長と同じ年齢になったというのに、充実しているのは仕事だけなんて。
 古本屋を辞めたあとすぐ、雑貨屋で働き始めた。勤続五年目。今は副店長として、毎日楽しく働いている。
 わたしが辞めたあとの古本屋は地獄だったとあずみんに聞かされた。笠原新店長の独裁国家状態で、スタッフたちからは笑顔が消え、退職者が相次ぎ、就任から半年で退職者十名という会社の記録を作った。須田さんは笠原さんの腰巾着として媚を売りまくっていたらしい。
 そんな笠原さんもアメリカに行きたいと言って仕事を辞めて、それに合わせて須田さんも辞め、独裁国家の苦しみに耐え切ったいずみんが店長に就任した。お祝いにあずみんと三人で集まって、ソフトドリンクで乾杯した。あずみんはまだ運転免許を取っていない。
 最初の二年は他のスタッフたちとも頻繁に連絡を取っていたけれど、最近ではほとんど音沙汰なし。あれから五年も経ったんだ、仕方ない。
 時は流れ、状況は変わる。わたしもすっかり変わった。ずっと伸ばしていた髪をばっさり切って、今は肩にかかるくらいの長さしかない。化粧も昔に比べると薄くなり、視力が落ちたからたまに眼鏡をかけている。
 でも、いくら外見や立場が変わっても、変わらない部分はいくつだって見つけることができる。
 例えば七つのピアス。去年付き合っていた人に「良い年なんだからもう外しなよ、七つもつけて恥ずかしい」と言われ一度は外したけれど、結局またつけてしまった。彼とはそのあとすぐに別れた。
 例えばこの恋心も。五年前のあの日、捨てたはずだった。終わりだと言い聞かせたはずだった。誰かと付き合ったりもした。でもふとした瞬間思い出してしまう。いるはずもない人を探してしまう。そして、思う。
 たとえそれが叶わない恋だったとしても、好きだったと伝えることくらい許されたはずだ。でも二十三歳のわたしはそれをせず、二十八歳になった今でも後悔している。
 それならあの恋心を笑い話として伝えてみようか。そう思っても、実行に移すことができない。結局のところ五年経っても、わたしはあの頃と何も変わっていないのだ。



 休憩中、携帯のディスプレイを見て驚いた。店長からメールが届いていた。五年ぶりのメールだった。
 恐る恐る開いたメールには「子どもができた」と。それだけ書いてあった。子ども嫌いの奥さんとの間に、店長念願の子どもができた。喜ばしい報告なのに、わたしはどう返していいのか分からず項垂れる。
 今更気持ちを伝えたところでもう遅い。笑い話にすらならない。
 わたしは携帯を握り締め、あの日の自分をひたすら恨んだ。






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