連載小説

□店長とピアスをもう一個
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 スタッフルームによく知るお煎餅が置かれていた。食べてね、佐原、というメモ付きだった。どうやら店長は、わたしが生まれ育った町に遊びに来ていたらしい。合点がいった。何日か前、町の名産品や道順を聞かれたのはこういうことか。
 でも名産の野菜が練り込まれた緑色のお煎餅は気軽に手に取りづらいのか、全く減っていない。おいしいのになあ。バッグをロッカーに入れて長椅子に座り、小分けにされたお煎餅の袋をひとつ手に取る。中でパキパキと割ってから封を切ると、連絡ノートを持った店長がやって来た。夕礼を取り仕切るためだろうけど早すぎる。まだ遅番のスタッフはわたししか来ていない。
「わたししかいませんよ」
「うん、崎田さんしかいないの知ってて来た」
「なんでまた。仕事してくださいよ」
「煎餅食べてもらおうと思って」
「すみません、もういただいてます」
「どう? おいしいよね? おいしいって言って! 朝番のみんなにもおいしいって伝えて!」
「ていうか地元の物なので昔よく食べてましたよ。わたしは好きです」
「だよね! 俺も好き!」
 必死な店長を見てぷっとふき出すと同時にスタッフルームのドアが開き、遅番の田中さんとパートの須田さんが入って来た。すぐに店長は「ふたりともこれ食べてみて!」とお煎餅を勧めていた。

 その日は買い取りも販売もやけに少なく、いつも通り退勤時間を無視して残った店長はコーナー作りを始め、わたしもそれを手伝うことになった。在庫が増えすぎたものは値段を下げセールのワゴンへ、人気のタイトルは特集コーナーへ、ある程度の巻が揃っているものはフィルムに包んでセット販売コーナーへ。展示の方法をふたりで考え、意見を出し合いながら作業した。
 仕事は好きだ。店長ほどではないけれど進んで残業をしてしまうくらい好きだ。働き始めて一年も経っていないのに、色々な仕事を任せてもらって、許可制ではあるが好きなようにコーナーを作ったり。やりがいがある。このやりがいと、恋心。これさえあれば、きっといつまでも仕事を続けることができる。



 次の日の退勤後、店長にピアッサーを渡し、あけてくださいと頼んだ。二度目ともなれば店長はすぐに頷いてくれて、田中さんと亜紀ちゃん、閉店間際に本を売りに来たスタッフのあずみんに見守られ、軟骨にふたつ目のピアスをあけた。
 三人ともピアスホールはあけていないから、興味津々という様子だったけれど、バチンという豪快な音がすると、三人それぞれ悲鳴をあげた。
「邑子よく七つもピアスあける気になるねえ。うわ、鳥肌たった……」
 あずみんは鳥肌まみれの腕をさすり、変人を見るような目でわたしを見ている。
「たまに無性にあけたくなって」
「崎田さん、触っていいですか?」
 亜紀ちゃんはにやにや顔でわたしに近付く。
「やだよ、痛いもん」
「佐原さんもよくあけますね。オレなら恐くて手が震えます」
 田中さんは苦笑して店長に声をかけた。
「いや怖いよ。人の身体に穴あけるんだもん。崎田さん以外に頼まれても絶対引き受けない」
「崎田さんの頼みは引き受けるんですね」
「だってこの娘ピアスだらけなんだもん。痛がらないし怯えないし。安藤さんや安住さんじゃこうはならないでしょ?」
「確かに。あたしなら泣き叫ぶ気がします」
「わたしはそもそもあけません」
 痛くないわけがない。恐くないわけもない。誰彼構わずあけてくれと頼んでいるわけでもない。
 二十歳の頃にあけた初めてのピアスは一番仲の良い女友だちに、二つ目から四つ目までは当時付き合っていた彼に、五つ目はまた女友だちに頼んだ。
 店長を信用し、信頼しているからこそ頼んだのだ。もっと言えば、大好きな相手だから頼んだ。それ以外の人には頼まない。
「訴えないでね」
 口を尖らせながら前回と同じことを言う店長を見て笑って、ずきずきと痛む左耳を触った。





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