連載小説

□店長と雑談
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遅番の仕事を終えてスタッフルームに行くと、六時半にあがったはずの店長と、九時半にあがったはずの副店長がいた。仲良くカードゲームに興じていた。
「何してるんですか?」
 聞くとふたりはあっけらかんとして「デュエルしてる」と答えた。遅番スタッフ三人で、顔を見合わせ苦笑い。
「いやせっかく定時であがれたんだから帰りましょうよ。ふたりともまだ新婚なんですから」
「オレの奥さんクラス会で留守。連絡入ったら駅まで迎えに行くことになってるから」
 そう言う副店長は良い。問題は退勤から六時間、ずっとここにいた店長だ。結婚して一年も経っていないのに、奥さんは店長の転勤に付き添い、こんな見知らぬ土地に来た。頼れる人は店長しかいないはずだ。なのに旦那は職場でカードゲーム。
「帰ったほうがいいですよ。もう日付が変わってる」
「そんなことより崎田さんも一緒に遊ぼう。もう月島くんとデュエルするの飽きちゃったよ」
「誘ったのは佐原店長なのにひどい言われ様ですね」
「ほらほら、三人ともデッキ出して」
 もう一度遅番三人で顔を見合わせ、今度はため息をついた。


 遅番専門の田中さんは彼女と深夜デートのためさっさと帰って行った。副店長の月島さんも奥さんから連絡があって、デレデレしながらスタッフルームを後にした。残ったのは店長とベテランスタッフの武田さんとわたし。三人で変わりばんこに対戦し、ぼろ負けした武田さんが罰ゲームでコンビニに買い出しに行くことになった。現在、深夜のスタッフルームには店長とわたしのふたりきり。
 嬉しいけれど、素直に喜ぶことができない。店長の奥さんは、今家に一人きりだ。
「店長、いい加減帰ったほうがいいですよ。今何時か知ってます?」
「二時だね」
「せっかく六時半にあがったのに」
「帰りたくない日ってあるじゃん? 今日がその日」
「わりといつも残ってますけど」
「うん、わりといつも帰りたくない」
 わりと返答しづらい内容だった。店長と奥さんの間に何かあったなら、それに付け込むチャンスだ。でも、家に一人でいる奥さんのことを考えたら、そうするべきではない。いや、そもそもそんなことをしてはいけない。
「崎田さんは子ども好き?」
 カードをケースにしまいながら店長が言った。
「はい、好きですよ」
「結婚したら子ども欲しいって思う?」
「そりゃあ欲しいですよ」
「だよなぁ……」
 その口ぶりから、店長と奥さんが子どものことで何かあったのだと察した。
「うちの嫁さん、子どもは絶対いらないんだってさ。うるさいし汚いし、時間も金もかかるって」
「そうなんですか……」
「子どもなんてだーいきらい! って怒鳴ってばっか」
「へぇ……」
 どう返答するべきか頭の中で必死に考えたけれど、どれが最良なのか、結論は出なかった。
「そんで喧嘩中。結果、スタッフルームでデュエルしてる。お互い頭冷やさないとな」
「ですね……」
 ああ、失敗した。あんまり帰れ帰れと言わなければ良かった。夫婦には夫婦の問題がある。それを解決できるのは当人たちだけ。喧嘩も仲直りも当人たちのタイミングがあるのだ。わたしの知らない、タイミングが……。
「崎田さんの理想は?」
「え?」
「理想の結婚生活」
 自己嫌悪の最中、店長がそう切り出した。変なことを言ってしまわないように注意しながら、ぽつりぽつり、ゆっくりと話し出す。
「結婚して一、二年は、夫婦で過ごしたいです。朝昼晩色んな料理を作って、たまに旦那さんに作ってもらって……」
「うん」
「家事は分担したいですが、できなくてもいいんです。家事は好きですし」
「ゴミ出しだけでも?」
「それでも嬉しいです。ゴミが大量にあったら大変ですし」
「うん」
「子どもはふたり欲しいです。男の子と女の子」
「うん」
「活発で、礼儀正しい子に育てたいです」
「うん」
「悪さをしたらパパが叱って、わたしが慰め役。でも普段は優しいパパとママで」
「しつけは大事」
「男の子には野球かサッカーを習わせたいです。それか」
「バレー?」
「そう、バレー。バレー熱いです」
「言うと思った」
「ふふ。それで女の子にはピアノ」
「崎田さんも習ってたしね」
「はい、実家にあるピアノが勿体ないですし」
「女の子らしい習い事がいいな」
「ですね。習字とか」
「日舞とか」
「お花とか」
「あ、いいねぇ、フラワーアレンジメントっていうの? 女の子らしくて」
「庭でお花育てて」
「庭付きならキャッチボールしたいな」
「憧れですね。ありきたりですが」
 話が尽きない。店長とはこの数ヶ月色々な話をしてきて、ずっと前から気付いていた。この人とわたしは、話が合う。こんなに話が合う人と出会ったのは初めてで、何度でもこう思う。出会うのが少し遅かっただけ。あと二年、いや一年早く出会っていれば、わたしはこの人と夫婦になれたかもしれない。仲の良い夫婦に……。もう有り得ないことなのに、そう思わずにはいられない。
 気持ちが溢れてしまいそうだったけれど、ちょうど武田さんが「楽しそうですねぇ」と大きなコンビニ袋を持って戻って来たから、寸でで堪えることができた。





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