中編小説

□真心を掌で包み込んで
2ページ/6ページ




 街角の小さなスーパーでレジ打ちのアルバイトを始めて二ヶ月。最近の楽しみは、レジに商品を通しながらその人の今夜のメニューを想像することと、常連さんたちの服装チェック、そしてスーパーでいちゃいちゃしたり喧嘩を始めたりするカップルの観察、という、二十七歳独身女としては残念な日々を送っている。
 最近気になっている常連さんはふたり。
 一人目はおとなしそうな清楚系の女性。いつも仕事帰りに来ているのかブラウスとスカート姿。土日は来店しないから一度も私服を見たことがない。しっかり自炊している人だということと、食材の量から一人暮らしだということは分かるけれど、それ以外のことが全く想像できない。私服を着たり髪が乱れたりすることはあるのだろうかと思ってしまうレベルだ。
 もう一人は疲れきった様子の男性。いつも閉店直前にやって来て、値下げされたお弁当やお惣菜を買っていく。顔色が良い日なんてなくて、来店しなかった日は、もしかしたら倒れてしまったのではないかと心配になる。シャツのボタンが取れかかっていたり、袖口に汚れがついていたり。女性とは正反対で生活感溢れる人だ。
 この二人が来店した日はなんだか嬉しくなってしまう。どちらも会計のあと「ありがとう」と言ってくれるし、今のわたしにとってはそれだけが癒しだった。
 そんな三月はじめのこと。
 閉店時間も迫ってきて、客足も途絶え始めた頃。何やら言い争う男女の声が聞こえた。どうやら男性は全額支払いたいらしいが、女性は割り勘にしようと言って譲らない。レジ前で堂々といちゃいちゃしたり喧嘩を始めるカップルはよく見てきたが、この二人は店の隅っこで話し合っているらしい。もう店内には片手で数えられるほどの人しか残っていないのに。しっかりしたカップルだ、好感が持てる。
 どんな二人なのだろうと声のする方を覗き込んだら驚いた。おとなしそうな清楚系の女性だった。なんてことだ、ついに彼女の私生活を垣間見た。しかも恋人と思われる男性はかなりのイケメン。女性が敬語を使っているところを見ると男性のほうが年上か。なんてことだ、おとなしそうな清楚系の女性が、年上でイケメンの男をつかまえた!
 しばらく話をしていた二人は、結局結論をじゃんけんで決めることにしたらしい。きれいなユニゾンの「じゃーんけーんぽん」が聞こえてきた。勝敗は会計のときに分かった。二人が揃って財布を出し、大体半分ずつお金をトレーに置いたのだ。彼女の勝ちか。私生活が全く想像できなかったおとなしそうな女性は、スーパーで恋人と言い争ってじゃんけんをするような微笑ましい人だった。でも会計が終わると、女性はわたしに向かって小さく頭を下げ「うるさくしちゃってごめんなさい」と言ったから、やっぱり真面目な人ではあるらしい。イケメンの恋人も優しい顔でにこっと笑って「次は話し合ってから来るね」と言う。わたしは思わずふき出してしまって、笑顔でふたりに頭を下げた。
 カウンターで商品を袋詰めしながら「何かさせてくれないと」「気にしなくていいですってば」「後片付けは俺がするから」「瀬戸さん卵は上です、つぶれちゃいます」なんて話す二人の背中を見つめながら、なぜだかほっとしていた。ここ二ヶ月で一番穏やかな時間な気がした。
 二人はどちらが荷物を持つかで揉めて、電柱ごとにじゃんけんで決めようと、仲良く帰って行った。羨ましいほど仲が良い。わたしも次の恋は、こんな微笑ましい付き合いができたらいいな、と願った。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ