中編小説

□すきとおるし
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 目的の家のチャイムを鳴らすとすぐに扉が開いて、満面の笑みの女性が顔を出した。
「縁ちゃん、優輔くん、遠い所わざわざありがとう! さ、入って入って!」
「ご無沙汰しています、一花さん」
 女性――一花さんに丁寧に頭を下げ、ようやくじりじりと肌を焼く太陽から解放された。
 玄関を入ってすぐ左手にある和室。一花さんは「次郎ー、縁ちゃんと優輔くん来てくれたよー」と明るい声でその部屋に入っていく。わたしたちもそれに続いて、久しぶりに友人の顔を見た。去年と、いや一昨年と同じ笑顔だった。
「来たよ、花織……」
 そう呟いて仏前に座った。やっぱり笑顔の遺影は良い。暗い気分を和らげてくれる。



 わたしたちは三年前、インターネット上で知り合った。
 ゆん、花織、きんぎょ、ジョン・スミス、そしてイチ。全員顔も本名も知らないし、年齢も住んでいる場所も職業も違う。それでもわたしたちは仲良くなって、毎晩仕事から帰るとすぐにパソコンをつけ、スカイプにログインした。
 毎日楽しくて仕方なかった。どんなに仕事で嫌なことがあっても、みんなと話すだけで忘れることができた。退職を考えていたわたしにとって、この集まりは救いだった。明日も頑張ればみんなと話ができる。そう思うと、次の日もその次の日も頑張れた。
 ゆんは同い年の男で、一番気が合って趣味も合った。そのおかげでいつも話が盛り上がり、大笑いし、そしてよく口論にもなった。
 花織はいつもそれを止める役。通話を始める前は同い年の女の子だと思っていたのに、実際は男。ゆんに比べると大分、かなり、とても優しい男性だった。
 きんぎょは最年少で一番の毒舌家。どんなことでもずばっと言ってくれて、とても気持ちの良い子だ。最年少ということもあって、同級生三人組はこれでもかってくらい彼女を可愛がった。
 花織が男だったなら、ジョン・スミスは女だった。それも天然でのんびりした話し方をするとても可愛い女の子。そののほほんとした雰囲気はいつだってわたしたちを癒したけれど、そんな雰囲気の子をジョンと呼ぶのは似つかわしくない気がして、スミスのスをとりスーちゃんと呼ぶことにした。
 そしてわたしがイチ。
本名を知らなくても、年齢や住んでいる場所や職業が違っても、ずっと仲良くやっていけると思っていたし、そう願っていた。
 のに。





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