中編小説

□贅沢な音楽
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「柊さん、起きて。遅刻しますよ」
 柊さんの肩を何度か叩くと、彼はううっと唸って身を捩った。
「桐、さむい、布団持ってくな……」
「服着ないで寝ちゃうからですよ。朝ごはん食べます?」
「何時?」
「七時です。あと一時間で出ないと間に合いませんよ」
「もっと早く起こしてくれりゃあいいのに……」
「起こしましたよ、何度も」
 柊さんは寝起きが悪い。会話していても三秒後にはまた眠ってしまうから、時間がない時は朝から彼の身体を抱きおこすという重労働を強いられる。この寝起きの悪さで、今までよく一人暮らしをしていたなと感心する。遅刻はしなかったのだろうか。
 のそのそと身体を起こして大欠伸をしながら、渡したシャツに袖を通す。それを横目で見ながら朝食の支度を始めた。
 ちょっと過保護すぎるかな、と思ったりもする。寝起きは悪いし部屋もすぐ散らかすし自炊もあまりしないらしいけれど、それでも普通に生活していたんだろうし、これでも楽器屋の店長だ。わたしがあまり世話を焼かなくても大丈夫なんだろう。
 そう思ってはいても、ついつい世話を焼いてしまうのは、きっとわたしが柊さんにすっかり惚れてしまっているからだろう。




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