短編小説

□逃げ惑う乙女心
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 なんてことない雑談をぽつりぽつりとしながら、夕飯を食べた。
 舞台やミュージカルの特典映像を見る限り、休憩中や楽屋だと饒舌で、いつも笑いと話題の中心にいる柳瀬さんは、わたしの前だとそうでもない。
 ふたりきりになったことなんて数えるほどしかないから、どちらが本当の柳瀬さんなのかまだよく分からないけれど。

 徐々に知っていけるのかなあ。このひとのことを。もっと。



「そういや公演中に楽屋でさ、勝手に人の携帯で写真撮るってのが流行って」

「楽しそうなことしてますねぇ」

「最初は春とか大ちゃんで遊んでたんだけど、昨日俺もやられて。しかも動画。見る?」

「見たいです」

「あれ、俺携帯どこやった?」

「ええ? お財布と携帯だけしか持ってこなかったのに無くしたんですか?」

「ちょっと鳴らしてくんね?」

「いいですよ」

 言われるがまま着信履歴から鳴瀬さんに電話をかけると、部屋のどこからかバイブ音。

 ふたりできょろきょろと音の出所を探す、と、あった。ベッドの上。タオルケットに埋まっている。きっと来てすぐにベッドに投げ置いたのだろう。自宅か……!

 笑いながら腰を上げると、見たくないものが見えてしまった。
 ディスプレイに表示された文字だ。「着信中 春のいとこ」

 わたし、柳瀬さんの携帯に、春のいとこで登録されているんだ。名前でも名字でもなく。ただ友人のいとこ、って……。


「あったあった、サンキュ」

「あ、いえ……」

 手に取るのを躊躇っていたら、横から柳瀬さんの腕が伸びてきたから、慌てて電話を切った。



 そりゃあ、わたしは春くんのいとことして紹介されて、春くんのいとことして数年間接してきたのだから、登録名が「春のいとこ」でもおかしくはないかもしれない。
 でもわりとショック、かもしれない。

 お付き合いをするということになっただけでも奇跡的なんだから、それ以上、細かいところまで望んじゃいけない。
 登録名くらいなんだ。
 柳瀬さんのアドレス帳にわたしの番号が入っているだけで凄いことじゃないか。

 何度も自分に言い聞かせながら、動画に目を移す。

 画面の中では出番待ち中らしい春くんと大ちゃんさんが「友ちゃん見てるー?」と言っていたけれど、全く頭に入らなかった。




「眠いの?」

 ぼんやり動画を見ていたら、そんなことを言われてしまった。

「あ、いえ、眠くないですよ」

「すげえぼんやりしてるから」

「すみません、つい。楽しそうですね、楽屋」

「うん、まあ仲良いやつらばっかだったし、楽しいんだけど……。そろそろ俺帰ろうか?」

 えっ、もう!?
 もう少し一緒にいたい、けど……。

 柳瀬さんは公演を終えて帰って来たばかりだし。
 しかも二時間以上殺陣をしながら汗だくで走り回っているような舞台だったし……。我が儘を言ってはいけない。

 付き合い始めたばかりなのに、面倒臭い女って思われて振られたら……。
 そもそもはっきりと「あんたが嫌いだ」と言われているし。
 ただでさえマイナスから始まったのだから、これ以上マイナスに思われたくない。

「……分かりました、お疲れ様でした」

 言うと柳瀬さんは途端にむすっとして、携帯と財布を手に取った。


「……もっと一緒にいたいって思ってるのは俺だけか」

「え?」

「帰るわ。お疲れさん」

「え、ちょ、柳瀬さん……!」

 慌てて柳瀬さんの腕、を掴もうとしたけれど、素早く立ち上がって歩き出してしまったから、右の足首を掴んでしまて、引きずられるようにばたんと倒れた。
 お腹と顔面を強打して、あまりの痛さに悲鳴すらでない。

「何やってんだよ!」

 柳瀬さんは倒れたわたしを抱き起してくれて、心配そうな顔。

「や、柳瀬さん」

「ああ?」

「もっと一緒にいたいって……思ってくれているんですか?」

「……」

 思いがけない告白に、顔面とお腹の痛みなんて考えている暇がない。

「……そりゃあ久しぶりに会ったんだからそう思うだろ。でも疲れてるみたいだし、明日も仕事だろ?」

「仕事ですけど……」

 仕事だけど、わたしだってもっと一緒にいたい。柳瀬さんがそう思ってくれているなら、尚更。
 わたしは、我が儘を言っても、いいのだろうか。


 今度こそ柳瀬さんの腕を掴んで、その端正な顔を見上げる。

「これ以上嫌われたくなくて、嘘つきました」

「嘘?」

「わたしも、もっと一緒にいたい……」

「……」

「一緒に、いてください」

 柳瀬さんは切れ長の目を細めてわたしを見下ろし「ああ」と頷いた。






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