短編小説

□その恋は僕を成長させる
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 風邪をひいた。
 昨日から調子悪いなあとは思ってたけど、熱が出て咳と鼻水も止まらないから、病院で診察してもらうまでもなく風邪だろう。

 風邪をひくと、ひと肌恋しくなるのはなぜだろう。
 久しぶりに「今晩暇?」と電話してきた圭吾に、一人暮らしの寂しさについて小一時間語ってしまった。わりとどうでもいい話だった。

 とにかく今日がオフで良かった。丸一日寝ていたら良くなるだろう。


 ばさりと毛布をかぶって、丸くなって目を閉じる。

 と、思ったら、ピンポンが鳴った。目を閉じていたのはほんの三秒だった。


 居留守を使おうと思ったら、今度は携帯が鳴る。
 やだやだ! 頼むから寝かせてよ! 俺風邪っぴきなんだけど!

 電話の相手によっては罵詈雑言浴びせてやろうと思ったけど、ディスプレイに表示されていたのは意外な名前。香世ちゃん。圭吾の彼女だった。


「もしもし顕くん大丈夫?」

「あ、あー、うん大丈夫、かも。圭吾から聞いたの?」

「うん、朝電話で寂しそうだったって聞いて」

 圭吾のやつ、なに香世ちゃんにちくってんだ!

「それで、差し入れ持ってきたんだけど……。玄関まで出て来れる?」

「はっ!?」

 飛び起きた。
 さっきのピンポンは香世ちゃんだったんだ。





 りんごにオレンジ、アイス、ゼリー、ヨーグルト。氷にスポーツドリンクに風邪薬、おでこに貼る冷却シート。おかゆを作る材料まで。
 香世ちゃんは次々にエコバッグから物を取り出して、他に必要なものはないかと問う。

 圭吾には勿体ないくらいできた彼女だ。

「あとこれ、暇になったら読んで。エロ本」

 ほんとにできた彼女だ。ていうか、うん、間違いなく圭吾の彼女だ。
 昔俺が足の骨を折って入院していたとき、圭吾も同じ差し入れを持ってきた。



「わざわざごめんね」

「いいのいいの。圭吾くんも心配してて。でも今日夜まで仕事だからわたしが来たの。なんでも言ってね」

「ああ、うん、ありがとう……」

 ていうか圭吾も彼女を簡単に送り出すなよ! 一応男の部屋だぞ! ああ俺は安全牌ってことね!


 香世ちゃんは慣れた様子でおかゆを作り、りんごもすって、薬と一緒に持ってきてくれた。
 そのあとは着替えも手伝うと言い出したけれど、丁重にお断りした。

 あーあ。なんでこんなできた子が圭吾と付き合っているんだ。圭吾は毎日のように香世ちゃんの手料理を食べて楽しく過ごしているんだろうなと想像したら、ますます寂しくなった。

 こんな気持ちになるのもきっと風邪のせいだ。そうに違いない。


「薬飲んだら少し寝るといいよ」

「……眠くないんだけど」

 俺はここぞとばかりに駄々をこねる。
 香世ちゃんは圭吾の彼女だけど、今圭吾はいないし、この部屋には俺と香世ちゃんしかいないのだから、このくらいの駄々は許されるだろう。


「仕方ない、お話してあげるよ」

 言いながら香世ちゃんは、まるで子どもをあやすみたいに俺のお腹をぽんぽん撫でた。


「むかーしむかーし、あるところに」

 え、お話って、そっち? てっきりもっと世間話的なものを想像してたんだけど!

「竹取の翁という者ありけり」

 しかもなんでちょっと古典的なの!

「野山に入って竹をとりつつ、あらぬものを作りけり」

「香世ちゃん、世間話しよっか……」

 だめだ。つっこみが追い付かない。なんだよあらぬものって! なんかいかがわしいよ!

 この適当さ。間違いなく香世ちゃんは圭吾の彼女だよ! 似た者カップルめ!
 知り合った頃はしっかりした子だと思っていたのに。もしかして圭吾に毒されたか……?


「竹取物語はいやだった? 桃太郎とかにしようか?」

「いや、昔話はいいや……」

「そ? じゃあ下世話な話にしようか」

「世間話じゃだめなの?」

「じゃあ世間話で」

 普段圭吾と香世ちゃんは一体どんな会話をしているんだ……。ちゃんと成り立っているのか? 適当と適当の応酬で、むしろ一回りして成り立つのか? そうなのか?





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