短編小説

□愛情に宣戦布告
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「……ごめんなさい、よく分からないんだけど、吾妻さんが終わりにしたいなら、うん、別れようか」

「……ん?」

 俺が別れたいなら? 別れたいはずないじゃねえか。百パーセントおまえのためだ。

「吾妻さん最近忙しいもんね。最近は映画やドラマにも出て、一般人のわたしに合わせるの大変だろうし、それがいいのかもね」

「いや、お前こそ俺の時間に合わせるより、はるくんといたほうが楽しいだろ」

「はるくんは友だちだもん、友だちと恋人は違うよ」

「向こうは友だちと思ってないだろうよ」

「わたし犯罪だけは犯したくないなあ」

「はんざい?」

「犯罪」

「なに、はるくんって極悪人なの?」

「いや、わたしが」

「は?」

「ん?」

「え?」

 ちょっと待て、途中から変だとは思ってたけど、話が全然噛み合っていない。
 香世と顔を見合わせ、ふたり同時に首を傾げた。


「なにが犯罪?」

「犯罪だよね? 十歳だし」

「は? 誰が?」

「はるくんが」

「十歳?」

「十歳。小学四年生」

「……犯罪だな」

「でしょ」

「……」

「……?」


 ちょっと待てよおい。はるくんって……、公園やらプールやら祭やらに言って、指輪を買ってくれたはるくんって、小学生かよ……。

 じゃあ俺物凄く恥ずかしいやつじゃねえか。
 勝手に勘違いして、嫉妬して、別れ話までするんだから。

 途中からはるくんって言われるたび、完全に平澤春泉の顔が浮かんでいたし。むしろ春が悪い。
 はるくんがどこの誰なのか言わなかった香世も悪い。
 早とちりと勘違いをした俺も悪い。


「香世さん、さっきの話、キャンセルしてもらってもいいですか。クーリングオフ適応される?」

 この申し出も物凄く恥ずかしい。

「良かった。これから未練引き摺って生活するのかってどきどきしてたの」

 これはちょっと嬉しかったりする。良かった。俺のことちゃんと好きでいてくれたのか。




 先月末、下の階に引っ越してきた三人家族。
 小学生のはるくんは夏休み中の引っ越しで、こっちに友だちもいない、長期休暇中だからなかなか友だちも作れない。
 だからせめて新学期が始まって友だちができるまでの間はいろんなところに連れていってやることにしたらしい。

「せっかくの夏休みにひとりで過ごすのは寂しいもんね」

 つくづくお人好しだ。まあ、それも含めて好きなんだけど。

「はるくんのことは好きだけど、男として好きなのは吾妻さんだけだから」

 照れた顔を見られたくなくて、香世の腕を引いた。

 ああ、もう……。俺だって香世が引いちまうくらい好きなのに。仕事とはいえ連絡をせずに香世を放っておいたここ一ヶ月の自分を殴りてぇ……。


 簡単に腕の中におさまった香世の髪を撫で、肺いっぱいに香世の香りを吸い込んだ。
 香世はくすぐったそうに笑って、俺の背中に腕を回す。

「なあ」

「うん?」

「せめてさ、名前で呼んでくんねえ?」

「圭吾くんって?」

「うん、そう」

「うーん、吾妻さんで呼び慣れちゃったから、徐々にシフトしていく感じでもいい?」

「それでいいよ」

「了解」

 慰めるように俺の背中をぽんぽんたたきながら、香世はやっぱり笑う。

「あづ、ああ、えーと、圭吾くんさ、少し痩せた?」

「あー、少しな。舞台で汗かきまくったし」

「じゃあ美味しいごはん作るね」

「餃子」

「了解。包むの手伝ってね」

「分かってる」

 時間がかかる餃子をリクエストしたわりに、なんだか離れがたくて。
 しばらく抱き合ったままでいた。


 次ちゃんと時間がとれたら、どこかに遊びに行こう。
 公園もプールも水族館も川も祭もはるくんに先を越されたから、はるくんと一緒に行っていない、例えば映画だとか遊園地だとかに行こう。まあ、遊園地って柄でもないけど。





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