短編小説
□愛情に宣戦布告
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そりゃあ舞台やら撮影やらで全然連絡しなかった俺が悪い。
香世も香世で気を使っているのか全然連絡寄越さないし。
一ヶ月ぶりに連絡して、部屋に行っていいかって言ったら、香世は「あ、うんいいよー」とまるで昨日も会ったかのようにあっけらかんと返した。
一ヶ月も放っておいたのにあれこれ言える立場じゃないが、もっと、会いたかったとか楽しみにしてるとか言ってほしかった。
実際部屋に行っても、連絡しなかったことを責めるわけでもなく、仕事の話をするでもなく、テレビを観たりなんでもない雑談をしたり。驚くほどいつも通りの時間だった。
ただ、唯一香世が声を弾ませたのが、近所の祭に行ったという話。たこ焼き食べて、綿菓子食べて、焼きそば食べて、りんご飴食べて、金魚すくいに水風船に射的、打ち上げ花火……。とにかく満喫したみたいだ。
左手の小指につけているカラフルなおもちゃの指輪は、祭で買ったものなのかもしれない。
指輪を見ていることに気付いたのか、香世は「いいって言ったのにおそろいで買ってもらっちゃったの」とへらっと笑いながら言った。
買ってもらった? おそろいで?
名前しか知らない、香世と一番仲が良い子が浮かんだが、アラサーの女子ふたりがおそろいでおもちゃの指輪を買うとは思えない。
「……おまえ、祭誰と行ったの?」
「え? はるくんだよ」
はるくん? 誰だ? 平澤? 平澤春泉か?
なんにせよ……。
「男、だよな?」
「そうそう。金魚はね、はるくんが掬った一匹とわたしが参加賞でもらった一匹、どっちもはるくんちで飼うことにしたから、代わりに指輪を買ってくれたの」
「へえ……」
なんだ? なんでこんなにへらへらしながら、他の男と遊びに行った話ができるんだ?
香世にその気がないとしても、その「はるくん」ってやつはしっかり気があるだろうし。じゃなきゃおもちゃとはいえ指輪を買ったりなんて……。こいつ、気付いてんのか?
「吾妻さん? どうかした?」
俺はいつまで経っても「吾妻さん」だし。
気を抜いていたのかもしれない。
知り合ってすぐに仲良くなって、一緒にいるようになって、すぐに男女の関係になって。少しでも時間が合えばどちらかの部屋に入り浸って。まあ部屋ですることといえば飯を食うか雑談をするかDVDを観るかベッドの上にいるかだけれど。
だから、こいつは俺のもんだって安心していたのかもしれない。
「お前さ、俺と会わなかった一ヶ月、寂しいとか会いたいとか思わなかったわけ?」
「うん、別に。吾妻さんも忙しいだろうし。それにはるくんと公園行ったりプール行ったり水族館行ったり。あ、川にも行ったよ、初めて釣りもした。だからわりと楽しかったよ」
公園? プール? 水族館? 川で釣りして、締めは夏祭り?
会うときは必ずどちらかの部屋だったし、特に何も言わなかったから、てっきりインドアなのかと思ったら、めちゃめちゃアウトドアじゃねえか。
「楽しそうで良かったな」
自分でもびっくりするくらい、冷たい声が出た。
「うん? ほんとどうしたの吾妻さん」
「俺の名前、圭吾っていうんだけど」
「知ってるよ。でも吾妻さんは吾妻さんだからなあ」
「はるくんははるくんなのに?」
「はるくんははるくんだもん」
ああそうかよ。所詮俺は吾妻さんね。吾妻さんだもの。
公園にもプールにも水族館にも川にも祭にも連れて行ってやれない吾妻さんは、はるくんより親しくはなれないってわけね。
「香世さあ……、終わりにしたいならはっきり言やぁいいじゃん」
「ん? なんで急にそうなるの?」
「俺よりもはるくんといたほうが楽しいんだろ? いいじゃねぇかはるくん。どこにでも連れて行ってくれるし、指輪も買ってくれるんだから。ああはるくんすてきー」
「ちょっと、吾妻さん?」
「吾妻さんは連絡もしねえし、どこにも連れて行ってやらねえし、何も買ってやらねえし、つまんねえ男なんだよ。お前そんな男と付き合うなんてお人好しすぎんだろ、終わりにしようぜ」
別れ話なんてしたくなかった。
一緒にいてこんなに楽な女は今までいなかった。だからできればこれからもずっと一緒にいたい。
だけどもう無理だろ。
つまんねえ吾妻さんといるより、楽しいはるくんといたほうが香世のためだ。
こいつはお人好しだから、俺が言わなきゃずるずる付き合いかねない。