短編小説

□そんなふたりの恋の距離
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 そういえば最近良ちゃんの部屋に遊びに行っていないなあ、と。ふらっと顔を出してみた。

 ピンポンダッシュをしても良かったんだけど、前に雑誌やネット番組で暴露されてしまったから、今日のところはピンポン連打にしておく。

 ゲーム名人ばりの手さばきでピンポン連打すると、すぐに勢い良くドアが開く。

 てっきり良ちゃんが「やっぱりー。大ちゃんだと思ったー」と言ってのほほんと登場するんだと思ったのに。

「やっぱり。大ちゃんだと思った。やめてよ、訴えるよ」

 ドアの向こうに立っていたのは、予想外の人物。良ちゃんでも、まして男でもなかった。
 何度も共演している役者仲間の美桜。えらい不機嫌な顔だった。


「良くん寝てるけど。どうしたの? 用事?」

「あー、いや、用はないんだけど、良ちゃん何してるかなあって。え、ていうか付き合い始めたの?」

 聞くと美桜は眠そうに、だるそうに頭を掻いて、首を横に振る。

 最近忙しいらしく、コンビニ売りのインスタント食品や弁当を制覇してしまいそうだという良ちゃんのために、定期的にごはんを作りに来ている。美桜はそう説明しながら俺を部屋に招き入れた。
 家主の睡眠中に客人を招き入れる程度の権力は持っているらしい。


「いたずらするの禁止ね。騒ぐのも飲酒も禁止」

「そんなことしないって」

「どの口が言うか、前科持ちが」

「あれ、ばれてる?」

「前に大ちゃんが壁と床に書いた落書きを消したのも、テーブルに施したホイップクリームとチョコのデコレーションを片付けたのもわたし」

「……ごめんなさい」






 部屋は驚くほど片付いていて、これじゃあ散らかす気にもなれない。きっと美桜が片付けたのだろう。

 飯作って片付けもして来客の対応までするのに、付き合っていない、か。

 ていうか付き合えばいいのに。むしろなんで付き合っていないのか疑問だ。



 見慣れない、男の部屋には似つかわしくないような可愛らしいティーカップを運んできた美桜は、ソファーに沈んで台本を開く。彼女も舞台を控えているみたいだ。

 その合間に飯の用意と掃除をしに来るなんて。いや、ほんとなんで付き合っていないんだよ。

 青い小花柄のティーカップを持ち上げると、心中を察したのか、美桜が口を開く。

「初めて部屋に来たとき、マグカップひとつしかないとか言って。わたしにマグカップを渡して良くんがどんぶりでコーヒー飲んだの。あまりにあんまりな状況だったから、うちのカップ持ってきた」

「あー、ふうん」

 よく見れば、ソファーの上に畳んで置いてある服に、明らかに美桜の部屋着が紛れ込んでいる。
 テレビボードに並ぶ酒の瓶は、美桜がよく飲んでいる銘柄だし。
 きっと洗面所には美桜の歯ブラシ、風呂場には美桜のシャンプー、寝室には美桜の枕があるんじゃないかと想像して、ため息が出た。

 この状況は、絶対、誰が見てもおかしいと思うんだ。
 なんでこいつら付き合っていないんだって、誰もが思うはずだ。


「あれー、大ちゃんいつ来たの?」

 もう一度ため息をつきかけたとき、のほほんとした声とともに、寝室から、豪快な寝癖をつけた良ちゃんが出てきた。

「ああ、ついさっき」

「おれ全然気付かなかったよー」

 欠伸をして、のろのろとした動作でソファー、美桜の隣に沈む。

「緑茶コーヒーココア紅茶牛乳アイスホット」

「うーん、ココヤ、ホット」

「ん」

 突然、句読点なしで飲み物の名を挙げ連ねた美桜が頷いて立ち上がる。
 言葉が少ない。熟年夫婦かこのカップル。……あ、カップルじゃねぇや。ていうかココヤじゃなくてココア……。まあいいか。





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