短編小説
□その影は恋を知る
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「なんかさあ」
胸を撫でまわしていると、大ちゃんが呟くように言った。
「男が女の子の胸を触るとセクハラなのに、女の子が男の胸を触ってもそれはただのスキンシップなんだよね」
「確かに」
胸や二の腕くらいならスキンシップで許されるだろう。そう考えたらちょっと不公平なのかもしれない。
まあでもさすがに女の子も、男性の下半身を触ったらセクハラになってしまうだろうけど。
「あ、でも人によるかも。例えば大ちゃんの知ってるひとで言うと、良くんとか春泉くんとかならセーフっぽい。胸とかお尻を触ってきてもいやらしさがない」
「ああ、良ちゃんはド天然だし、春は見た目がふわふわしてるからね」
「でも柳瀬さんとか一之瀬さん、大ちゃんはアウトっぽい」
「否定できない」
「かと言って、大ちゃんがド天然だったりふわふわ小悪魔系だったら気色悪いし」
「おいおい、失礼だな」
「じゃあちょっとやってみてよ、ド天然大ちゃんを」
「あれぇ、おにぎりに梅干し入れたと思ったら、間違えて消しゴム入れちゃったぁ、うっかりー」
「……」
「おいおい、ノーコメントはやめてくれよ」
「せめて梅干しっぽいものにしてよ、消しゴムだとネタにしか見えない……」
「赤血球とか?」
「入れないでしょ」
「朱肉とか?」
「本気で間違えて朱肉入れちゃったなら、眼科に行くことをおすすめするね」
そんなくだらないやり取りの間にもシャッター音が聞こえていて。
多分今日ブログに載せるはずだったわたしの写真を撮っているんだろうけど、稽古風景じゃなくくだらない雑談風景を載せるつもりかしら……。
せめて真面目な話をしている写真を載せてもらいたいんだけど……。
でも撮ったそばからスタッフさんたちが爆笑しているから、ブログ用の写真としてはだめなんだと思う。
写真自体は、真面目な顔で話し込む大ちゃんとわたしのツーショットなんだけど、これが胸やセクハラやド天然大ちゃんの話をしていると思うとやたらおかしい。
「もう普通にふたり並んで撮ったらいいんじゃないですか?」
大ちゃんがそう切り出して、思わず見上げる。
ふたり並んで? わたしの紹介記事で、大ちゃんと正面向いてカメラ目線の写真を使うっておかしくない? 昨日までは普通に稽古写真だったのに、それでいいのかしら。
「じゃあもうそれでいいや。大川くん歌詠ちゃん並んで並んで」
「なんかなげやりじゃないですか?」
いいからいいから、と隣で笑う大ちゃんは、やっぱり大口を開けていて。つられてわたしも笑った。
このときなぜだか漠然と、もし大ちゃんと付き合ったら楽しいんだろうなあって思った。
大きな口でもりもりごはんを食べて、お酒を飲んで、なんでもない雑談をして。大ちゃんはいつも、楽しそうに目を細めて笑って。なんて。ないない。
笑顔をピースしている大ちゃんとわたしの写真を見て、スタッフさんたちは「旅行写真みたいだね」とまた爆笑した。
確かにちょうど背後にあった大道具も相まって、旅行の記念写真っぽい。これならさっきの真面目な顔でくだらない話をしている写真のほうがいいと、結局ボツになった。
この長時間のぐだぐだは何だったのか。
もう稽古場にはわたしたちしか残っていなくて、ため息をついて立ち上がる。
ため息をついたけれど、顔の筋肉が緩んでいた。なんだかおかしなひとときだった。
「わたしもう帰りますよ」
「あ、待って俺も。一緒に帰ろ」
パソコン前で携帯片手に何かやっていた大ちゃんも立ち上がって、小走りでやってくる。
まあ一緒に帰ると言っても自宅の方向が逆だから一緒なのは駅までだけれど。