短編小説
□次会えるまで何時間?
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「桃城先生、耳をかっぽじってよく聞いてください」
「は?」
「かっぽじりましたか?」
「は?」
放課後、仕事を終えて帰路につこうと車に乗り込むと、何の前触れもなく崎本が助手席に乗り込んできた。
そしてそんなことを言った崎本は、俺の耳を勢いよく、そして力強く、両手で塞いだ。
あいたっ! 鼓膜破れたらどうするんだ!
抗議しようと見上げると、彼女の口がぱくぱくと動く。でも耳を塞がれているせいで聞き取れない。唇の動きから推測しようにも、急なことで上手くいかなかった。
そうしていたら崎本は満足そうに笑って俺の耳から手を離し「じゃあ」と言って車から降りようとする。
慌てて腕を掴んだら「なんですか?」と眉根を寄せる。それはこっちの台詞だ。なんなんだ突然。そして今なんて言ったんだ。
「今なんて言ったの?」
「桃城先生さようなら」
「って言ったの?」
「いいえ」
「ちょっと、答えなさい。ていうか耳かっぽじっても塞がれたら意味ないでしょうが」
呆れながら言うと、崎本は俺と同じように呆れたような顔をして、こう答えたのだった。
「桃城先生が好きです、と言いました」
「……へ?」
「じゃあ、帰りますね」
耳を塞いで彼女が伝えようとしたことは、俺への告白だった。それなのに彼女は何事もなかったかのような顔で、俺の腕を振りほどき、車を降りてしまった。
「まっ、ちょ……!」
「マッチョってなんですか。先生変なの。じゃあ、また明日ね、先生!」
ちょっと待て。それだけか。告白したんだろ? 返事とか、反応とか。もっと色々あるだろうに。なんで今日だったんだ。いつも通りの一日だったはずなのに。おまえはいつ決意したんだ。というかいつから俺が好きだったんだ? そんな素振り全く……。
聞きたいことは山ほどある。
言いたいことも、ひとつだけある。
でも、走り去る教え子の背中に「俺も」なんて言葉、聞こえるはずもなく……。
明日になれば、ちゃんと聞けるだろうか。ちゃんと話せるだろうか。
俺は腕時計を見て、明日までの時間を確かめた。
(了)