短編小説

□すきだよ、ばか
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 搭乗が始まったことを知らせるアナウンスが聞こえ、ふたり同時に顔を上げた。
 もうそんな時間か。乗り遅れたり、個人名でアナウンスされたりする前に、早く送り出さなくては。
「じゃあ元気でね」
 別れの言葉を言っても、やつは動かない。見るとやけに不機嫌な顔をしていた。
「最後に何か言うことは?」
「うーんと、向こうの名産品送ってよ」
「ああ、そうかよ」
 深いため息をつきながらやつはゆっくり立ち上がり、振り返りもせずに歩いて行く。
 そんなに不機嫌になるくらいなら、言えばいいのに。きっと、確実に、同じことを思っていて、同じ気持ちなんだから……。長い付き合いのせいでお互い変な意地を張ってしまって、なかなか一歩が踏み出せない。
 すきだよ、ばか。すきに決まってるじゃない。すきじゃなきゃ、わざわざ空港まで見送りに来たりしない。
 しばらく会えなくなるんだよ? 飛行機で二時間もかかるんだよ? あんたはいいの? 何も言わないままでいいの?
 じゃあわたしはどうなの? このまま離れてしまって……。そんなの、嫌に決まっている。
「ねえ!」
 呼び止めると、やつはやっぱり不機嫌な顔で振り返る。ああ、この顔もしばらく見れないのか。そう思うと急に寂しくなって、急に可笑しくもなって、ぷっとふき出した。
「すきだよ、ばか」
 言ったらさらに可笑しくなって、お腹を抱えて笑った。やつは「おせえよ、ばか」と悪態を吐きながら戻って来て、大笑いするわたしの頭をぺちんとたたいた。




(了)



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