短編小説

□赤面サンタクロウス
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 へっくしゅん、と。情けないくしゃみのユニゾンが響いて、夕礼のため休憩室に来ていた店長が「移さないでね」と苦笑しながらマスクを差し出した。くしゃみをした当人たちは「ふぁい……」と情けない返事をしながら、マスクを付け始めたのだった。
「悪いね、風邪引いたんなら休ませてあげたいけど、人数足りないから」
「いいんですよ、店長。風邪引いたふたりが悪いんですから」
 ふたりの代わりにわたしが答える。クリスマスから年末にかけてのこの忙しい時期に揃って風邪をひくなんて。一緒に遅番に入るわたしの身にもなってほしい。どうしてクリスマスに風邪っぴきふたりと働かなくてはならないのだ。
「俺も閉店まで残ってサポートするから」
 店長はそう言ってふたりを励ましたけれど、店長だってクリスマスくらい恋人と過ごしたいだろうに。
 移されないようわたしもマスクをつけて、風邪を引いた理由を聞いた。
 どうやら昨夜、ふたりで三時間も寒空の下にいたらしい。
「なんの目的で3時間も外にいたの? 馬鹿なの?」
 言ってやると、純平も一真もぜえはあと息を切らし、熱っぽい真っ赤な顔をわたしに向けた。純平の目は充血し、一真は普段から濃い隈がさらに濃くなっている。ふたりともひどい顔だ。クリスマスにこんな顔を見せられるお客さんの気持ちにもなってほしい。
「分かんないの?」と純平。
「なにが?」わたしが首を傾げる。
「なんでおれらがゆうべ外にいたか!」
 一真が掠れた声を大にしたけれど、そんなことを言われても全く分からない。
「昨日、どこにいた?」純平が力のない声で問う。
「昨日?」わたしがもう一度首を傾げる。
「夜! 九時頃! げほげほっ」力み続ける一真は激しく咳き込み、もはや虫の息だ。
「ゆうべはサンタ撲滅パーティーだけど」
「サンタ撲滅?」
「なに、それ、げほっ」
「恋人がいないみんなで集まって、楽しく飲み食いする会、みたいな」
 言うとふたりは真っ赤な顔を見合わせ、大きなため息をつき、同時に長椅子の背もたれに沈んだ。
「え、なに?」
「なんでサンタ撲滅なんてするんだよ」と純平。
「なにもぼくめつしなくても……」一真も同調する。
「だってみんな恋人いないし、サンタさんからプレゼントもらえる年齢でもないし」
 なぜだか仕事休みもらっちゃったし、ひとりで過ごすの嫌だもん、と続けると、ふたりはまた大きなため息をついた。
 困惑しながら店長を見上げると、店長も同じような表情でわたしを見下ろした。
「和奏のせいだよ、俺らの風邪は」
「げほほっ、ごっほん!」
「なんでよ」
 情報を小出しにされ、状況が全く分からない。ただただ困惑するばかりだ。むしろそろそろ、つらそうなふたりを見て可哀想に思えてきた。
「俺ら、ゆうべ八時から三時間、和奏のアパートの前にいたの」
「は?」
「しかもふたりでサンタの恰好して。げっほ、ごへっ」
 ようやく風邪をひいた理由を聞いても、状況は全く分からなかった。意味も分からない。
「純平もサンタの恰好したの? 一真はトナカイ?」
「ふたりともサンタだよ! ダブルサンタだよ!」
 やっぱり意味が分からない。お調子者の一真ならやりかねないけれど、普段クールな純平までそんなことをするなんて。
 二十代半ばのふたりがそんなことをした理由をうんうん唸りながら考えていると、「だから」と純平が切り出した。
「昨日のクリスマスイブ、俺と一真で和奏の部屋に押しかけようとしたんだ」
「サンタの恰好で?」
「プレゼント持って。げっほ……」
「‥なんで?」
「選んでもらうため」
「和奏に」
「俺か一真か」
 純平は充血した目を細め、一真はにへらっと情けなく笑い、「さあ、どっち?」と声を揃えた。まるで最初から台詞が用意してあったかのように息ぴったり。言ったあと、やはりふたり同時に小さな包みを差し出したのだった。
 ずずいっと、目の前まで伸びてきた二本の腕に、わたしはどうすることもできず、ただふたりのプレゼントを交互に見ていた。




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