短編小説

□ほんの些細なこと
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 スーパーのレジに、長蛇の列ができていた。夕飯時だからか、列に並ぶ誰もがかごに沢山商品を入れ、順番を待っている。
 ふと見ると、わたしの後ろに赤い帽子を被った少年が並んでいた。手には小さなおもちゃの箱とマジックテープ式の財布。これだけを買うためにこの長打の列に並ぶのは酷すぎる。隣のセルフレジに連れて行ってあげようか思案したが、やめた。背後の商品棚の影から、母親らしき女性が心配そうにこちらを見ていたからだ。さっきからずっと少年の姿を見ているから、間違いないはずだ。息子のおつかいを邪魔するなんて野暮はしたくない。
 ならこうしよう。
「それ、ひとつ買うの?」と声をかけた。少年は「うん!」と元気な返事をした
「じゃあさ、お姉ちゃんの買い物時間かかるから、前入っていいよ」
 背中を押すと、躊躇ったように笑って、わたしの前に進み出た。
 無事会計が終わった少年が何度かこちらを振り返ったから手を振ると、条件反射なのかぼんやりした表情で手を振り返し、走って行った。
 その姿を目で追っていると、やはり先ほどの女性の元へと駆け寄った。わたしの予想は間違っていなかったみたいだ。
 微笑ましくそれを眺めていたら、幸せな気分になった。
 きっと「スーパーのレジで前に入れてくれたお姉さん」のことなんて、少年はすぐに忘れてしまうだろう。だけど少年がいつか大人になって、同じような状況になったとき、同じように行動してくれたらな、と。願わずにはいられない。




(了)



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