短編小説

□見たくないなら、目を瞑ればいい
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「何か嫌なことでもあった?」
「え?」
「ため息、もう七回目だから」
「すみません……」
 小泉さんは困ったように笑って、熱いコーヒーを淹れてくれた。
 小泉さんは優しい。大学のサークルで出会った時から、いつも優しく笑いかけてくれた。あいつとは比べものにならないくらい優しい。だからこそ心配かけたくない。出そうになったため息を、口を閉じてぐっと堪える。七回目のため息は完全に無意識の産物だとしても、八回目があったら優しい小泉さんをますます困らせてしまう。そんなことは絶対にしたくないのだ。
「何か心配ごとがあったら言ってね」
「はい、ありがとうございます……」
 わたしはぎゅうっと拳を握り締めた。
 聞いてくださいよ小泉さん、心配事というか気になることというか、あいつのことなんです、あいつです、秋人! 昔っから口も意地も悪くてどうしようもないやつだって分かってたんですけどね。昨日小泉さんのことを話しに行ったんです。一応昔馴染みだし腐れ縁だし、報告して喜んでもらおうと思ったのに、あいつ何て言ったと思います? なんでわざわざ報告しに来てんだよさっさとダーリンの所行け、ですよ! あいつが笑顔で「おめでとう」って言う姿なんて……。まあ想像できないんですけど、もっと言うべきことがあるだろうって。がっかりしちゃって。わたしあいつに期待し過ぎなんですかね、まあ期待はさほどしてないんですけど!
 口には出さず心の中でそう叫び、小泉さんに笑顔を向ける。
 今までなら簡単に言えたと思う。共通の友人だし、あいつのこともよく話題に上っていた。なのに小泉さんと恋人同士になった途端、なぜだかあいつの話をするのを躊躇ってしまう。ただ腐れ縁ってだけの男だし、小泉さんは気にしないはずなのに。


 泊まって行く? という小泉さんのお誘いを丁重にお断りして帰路につく。
 なんだか、恋人という肩書きに怖気づいているような気がする。ずっと片想いしていたし、ようやく恋人になれて嬉しいはずなのに。恋人だからこうしなくちゃいけない、恋人だからこう在らなくちゃいけない、恋人だからこうべきではない、と。あれこれ考えてしまって、気が休まらない。
 こんなこと思っているなんて小泉さんに失礼だわ! 悪い思考を拭い去るように首を振った。





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