短編小説

□見たくないなら、目を瞑ればいい
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 「小泉さんとお付き合いすることになったの」
 言うと秋人は一瞬目を見開いて、今まで見たことがないような顔をした。困ったような怒っているような戸惑っているような驚いているような、そんな顔だった。でもすぐにいつもの顔に戻って、オメーらまだ付き合ってなかったのかよ、といつもの調子で言う。
「つーかなんでわざわざ俺に報告しに来てんだよ。さっさとダーリンの所行けよ、爽やかに見えてきっと今頃寂しがって泣いてんぞ。エリーエリーってな」
「小泉さんのこと悪く言わないでよ」
「へいへい、そりゃ悪かったな」
 意地悪く笑って、秋人は大きなテレビ画面に目を向けた。
 なんでこいつは何年経ってもこうなんだろう。小泉さんのことも、こいつにだから、いや秋人にだけはちゃんと伝えておきたいって思ったのに。なんだかんだで十年以上の付き合いになる腐れ縁。普段は口が悪くて意地悪なやつだけど、ちゃんと祝福してくれるって思ったのに。
 深く息を吐いて顔を上げると、店長と目が合った。店長は苦笑いだった。いつもふたりで来ているスポーツバー。大きな試合がない限り、常連さんたちが何人かいるだけで過ごしやすい。でもその分店長たちには、秋人とわたしの口喧嘩やみっともない姿を見せてしまっている。申し訳ない。今日くらい、仲良く飲んで帰りたかったのに。
「ねえ、他に何か言うことないの?」
「はあ? ねえよんなもん。あ、割り勘だからな」
 まあ、仲良く飲んで帰る、なんてできるはずないのだけれど。秋人の口からは祝福の言葉なんて出てこない。十年も前から分かっていたことなのに。少しでも期待したわたしが馬鹿だった。わたしはあいつに、何を求めていたんだ。





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