小説(WC後)
□一斉の声 1
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【一斉の声 1】
3月も下旬になり、東京都でも桜が咲き誇っているそんな日に…
「beautiful」
「室ちんさぁ、その興奮した時に英語になるの…やめてよねぇ」
紫色の髪をした長身の男と、その傍らに立つモデルかと見紛うほどの美人は揃って此処…東京に来ていた。
紫色の髪の男は紫原敦
その傍らに居るのは氷室タツキ。
共に秋田にある陽泉高校の生徒だ。
「アメリカには桜ないのぉ?」
「此処まで圧巻じゃないよ。
それにしても、お前から東京に行くと言い出した時には、どうしようかと思ったが…こんなに美しいものが見れるのなら、来て良かったよ」
そう言う氷室が思い出したのは、つい昨日の事だった。
『は?』
『だぁかぁらぁ、明日東京に行くから、練習出ないしぃ』
バスケに対する熱が低く、それでも負ける事が嫌いな紫原は、練習を1日も休んだ事はない。
それが、その日だけは違い…監督にそう言い出した時、マネージャー業務に勤しんでいた氷室は、頭の中で恋人の紫原を半殺しにする計画を企てていたぐらいだ。
『理由は?』
『ん〜…お花見?』
『劉!!。
そっから竹刀取ってくれ。
殺す』
これまで部を支えていた岡村と福井の卒業。
新入生が入って来るまでに、3年と2年で…出来るだけ調整をしておきたいと思うのは、何も監督だけではない。
『花見だったら、此処でもやれんだろうがっ!!。
そもそも、桜なんぞ日本だったら何処でも咲いてんだよっっ!!』
『だって、秋田の開花予想はまだ先じゃぁん。
俺…室ちんと見に行きたいしぃ』
怒り狂う監督の言葉なんて、紫原は最初っから聞いていない。
恋人と東京に行きたいと、そう元ヤンの監督(独身兼彼氏なし)に言える紫原に、内心で拍手を送る部員は…少なくなかった。
『室ちん、こっち来たのって夏でしょ?。
だから桜見てないだろうしぃ』
だから行こうよぉ
そう言って、皆が見てる前にも関わらず…堂々と恋人の頬に唇を落とす紫原に、氷室は真っ赤になると…
『明後日の午後練までには帰ってこい。
でねぇと…氷室共々…秋田港に沈める』
監督はそう言って折れるしかなかった。
そうなると、部員に頼まれるのは土産だ。
東京バナナ
ひよこ饅頭
カップラーメン
桜を見上げながら、氷室はジーンズのポケットの中から、そう書かれた土産リストを取り出した。
「劉ちん…またカップラーメンなのぉ?」
「福井さんが教えた事だからね」
「中国にはカップラーメンってないのかなぁ?」
劉が聞いたら、中国三千年の歴史をナメるなアルと怒りそうな事を、紫原は平然と言い、氷室はそんな紫原を見上げて…楽しげに笑った。
「アツシは、実家が東京だろ?。
一度帰った方が良いんじゃないのか?」
「ん〜…めんどいからパス。
あ、綿飴売ってるしぃ…向こうにはリンゴ飴だぁ!!。
早く行こうよ室ちん」
紫原の中では、家族よりもお菓子の比重があるようで、氷室は解ったと笑いながら答えると、紫原は
迷子防止ねぇ
そう言って、自ら氷室の手を優しく包み込んだ。
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