→STORY

□How do you like...?
1ページ/1ページ



How do you like...?




「はあ〜……」


一流ホテルのスイートルームにふさわしい清潔で豪奢な便器に用を足しながら

僕は大きなため息をついた。


いつも使用していた警察庁のトイレとは大違いだ。
いや、トイレだけではなく。


今最も世間を騒がせている「キラ事件」に関わってから。

一刑事としての日常、環境すべてが変わってしまった。

尊敬する夜神局長とともにこの事件を追っていこうと決めたのは自分だ。

もちろん不満や後悔があるわけじゃない。

(命懸けの捜査を覚悟するのは、ちょっぴり勇気がいったけど…。)


手を洗いながら鏡を見ると、我ながら刑事らしからぬ柔和な面が見返した。

無意識に指先で目の下をなぞる。



「……すごい隈だったな…。」


まだ若そうなのに。


頓着のない外見は随分若く見えるけれど。


ひょっとしなくても、僕よりずっと年下なのかもしれない。


上目遣いで凝視する眼はびっくりするほど真っ黒で大きくて。


なんだかすべてを見透かされそうで


ちょっとこわい…。


ブカブカのジーンズに裸足で毛足の整えられた絨毯の上を無頓着に歩く。

ゆったりとくつろぐために造られたであろう洗練された一人掛けソファーの上。

膝を抱えて小さくしゃがみ込む。

細くて長い指先で書類をつまむように持ち上げて。

驚く僕らを尻目に立派なコーヒーテーブルにマジックで直に推理状況を示してみせた。

とても言えなかったけど…


…それ、油性で……




「松田」

コン、と強くノックされ、局長のよく通る声が自分を呼ぶ。

いけないいけない、つい物思いに耽ってトイレに籠るなんて真似をしてしまった。
あわてて手を拭いて外へ出る。


「は、はいっ すみません」


「私は一度署に戻って次長に会ってくる。

おまえは竜崎の指示を仰いでくれ」



「はい…」

僕は頷きながら少し首を傾げた。


「竜崎」の指示を仰ぐ…って当然じゃないか。

局長も含め、僕らはもう彼の指示のもとにしか動けない。
現状ではいわば上司のようなものなのだから。



「い、いや…」

ゴホン、と少し決まり悪そうに局長は咳払いをする。



「ワタリが出ているので…

その、松田に茶をいれてほしいそうだ」



「…は?」



「じゃあ…私は行ってくる」



思わずポカンと口を開けた僕の肩をそっと叩いて

局長はそそくさと背を向け出て行ってしまった。




捜査本部と化したきらびやかな客室に足を向けると。


コーヒーテーブルの上に置かれたノートパソコンにかじりつくモコモコ頭の相沢さん。


重そうな大量の資料を抱え乱雑なコードの束を器用にまたぐ大柄な模木さんの姿が…




室内に異様な不協和音をかもし出している。




「よいしょ」

模木さんが積み上げる資料の山の向こうに、ひよひよと。



硬いんだか柔らかいんだかわからない黒い毛先の束が。

あちらこちらにはねているのが見えた。





「……はあ……」




……僕だって


…ちゃんと仕事できるんですよ…?


絶対。


頼りないやつだって思ってるでしょ…。





そっと、けれども今日一番深い深いため息をついた僕は。


落っことしたら財布の中身が消えそうな


華奢なカップにそろりと手を伸ばす。







 あのう、



 竜崎。



「How do you like your sugar...?」






070507
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ