→STORY

□Lie
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Lie






手首が痛い。


シャツを捲れば、もう幾筋か線のようにうっ血している。

このままこの状況が続けば、結構酷い痕が残りそうだ。

僕は小さくため息をつくと

伸びた鎖の先、対になったもうひとつの銀の輪へ視線を走らせた。


骨ばって細い手首には__

やはり無理な摩擦による印がまざまざと赤く刻まれている。


ことさら常人より白い肌のせいか、その痣はひどく鮮やかで痛々しくもあった。





「…何ですか、月くん」


無意識に眉をひそめた僕の目線を、光の射さない真っ黒な珠がギョロリと見返す。



「色々不満でしょうが…外せませんよ?」



相変わらず裸足に膝を抱える丸まったポーズで、

細身の彼は鎖を揺らして子供のようにケーキをつつく。


「…いや。竜崎にとって僕はまだ容疑者だからね。それは承知してるつもりだよ」


言いながら隣に腰掛けると、
長めの鎖が撓んで互いの距離感がほとんどなくなる錯覚。

いいかげん慣れなきゃいけない甘ったるいにおいが鼻孔の奥を刺激する。



「…ただ、コレ以外になかったのかと思ってさ」


チャリ、と金属音。
僕は互いの手首をしっかりと捉えた無機質で冷たい銀色の拘束具__手錠をつっついた。



「…私だってしたくてしてる訳では」


「それは何度も聞いたよ」



ミサ曰く「男同士でキモイよ」

以来すっかり馴染みになっている無味無感な早口を僕は秒殺した。


はは 傑作。
ただの邪推に過ぎない。
竜崎がそっち系だとか何だとか__

どこをどうしたら僕らがそんな甘い関係に見えるというのか。

…甘いのはケーキだけでもうたくさん。



「なんだか不機嫌そうですね、月くん」


「…そんなことないけど」



不機嫌なのは きみの方だろ。



「じゃあ何ですか」とばかりにただでさえ開きっぱなしの眼は僕の一挙一動を追いかける。


目線はこちらに、ケーキは口内に、だ。


…そのすぐ凝視する癖、どうにかならないのか。



「僕が思うに…竜崎が手錠をえらんだ理由はふたつ」


幼児の悪戯のように出された赤い舌に舐めとられる真っ白なクリーム。
それが消えていく先をついつい追い返すように視てしまう。


僕はぼやけてくる言葉を一気に吐き出すことにした。

そうすることでまるで、胸の奥に溜った甘いにおいを追い出せるかのように。



「…ひとつは単純に

 手錠ほど手軽で確実な拘束具が他に見当たらなかったから。

 この状況で外せる手段は限られているしね。

 この鎖の長さも計算してるんじゃないかと僕は思う」



竜崎はケーキの上の瑞々しいイチゴに目線を戻している。

…どうせ残しておいて最後に食べるつもりなんだろ。



「…それともうひとつ。僕が言いたいのはこっちなんだけど…

 手錠、というわかりやすいもので拘束することによって
 容疑者である僕に…犯罪者としての自覚、もしくは罪悪感の部類
 を促そうとしている、とも思う」


ほら、一気に言ってやった。




__眼があったほんの一瞬


パチン、と音がはじけたような気がした。




けれどそれは沈黙の中にあっさりと消えていった。



神経質そうな長い指につままれた赤いイチゴが、ぱかっと無防備に開いた洞穴へ墜ちていき。

片頬を出っ張らせながら、流される横目。


あれ…先に食べた。




「…安心しました月くん」


「え…?」




「手錠が私の趣向じゃないと理解頂けてるようで」




…竜崎、そこか?

この流れで そうくるか?




…まあ、いいけど。


同調するかと思えばするりと躱し、躱すかと思えば妙な角度で受けて、流す。


彼らしいといえば、彼らしい。


何にせよ海月相手に話してるみたいで。


ゆらゆら

つかみどころがないのに、刺されると痛いなんて…

ははっLっぽいじゃないか、海月。




竜崎。


おい、半透明の海月の竜崎。


僕は手首が痛いんだ。


少しはこっちを向けったら。




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