CROSS・HEART:main story

□Story.14 約束
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 再度ナイフでクローを大きく弾くと下がり、左手に挟んでいた四本のうち一本を投擲。彼は避けて間合いを詰めようとするが、もう一本を投げてそれを防ぐ。
「まだ力加減が上手くできないの! 傷付けちゃうかもしれない、から、人の相手は……っ」
 動揺が色濃く滲む声に二度目の舌打ち。魔法での虚仮威しはできない、ということか。大きな力を見せ付け相手を追い払うことは無理そうだ。ならば、この状況の打開策は――――
「なら早く逃げてください! 足手纏いです!」
 まったく、今日は何という日だ。つい先刻自分が置かれていた立場と今度は逆の立場になっている。逃げろと言われて逃げられるものではないというのは身を以って知ったので、一言付け足しておいた。
「でも!」
 まだ言うか。あのお人好しのように器用に戦えるわけではないゆえ、一刻も早く逃がさなくてはならない。
「いいから早く! 盗られてもいいんですの!?」
「でもッ……! 私、また誰か置いて、一人で……逃げ……」
 焦燥で語気が強まるフェスタ。だが、動揺を通り越し、リセの声に僅かな混乱が混じっていることに気付く。彼女の様子がおかしい。以前にも誰かの代わりに逃げた経験があるのか。フェスタは苦々しげに唇を噛む。前に何があったかなど知ったことではない。今、自分が助けたいのは――……
「――早く!」
 フェスタの声がリセの鼓膜を強く叩く。しかし心はそれを受け入れず、いくつかの場面が光のような速さで脳裏を過ぎる。
 魔物と対峙するハールの影に隠れたあの時。
 フレイア一人に魔物を任せ、ペンダントを取りに駆け抜けた雨の森。
 そんなことをなくすため、イズムに教えを請うた夜。無理を言って、皆を巻き込んでまで得た魔法の力なのに、結局――……
「――また、私……ッ!」
 罪の意識が胸に詰まる。
 喉が焼けるような呼吸は早まるばかりで意味を成さない。
 感情が思考を乱し、脚を蔦のように絡み止める。
 無意識にペンダントを握り、指先が震え――

「――それは大切なモノなんでしょうッ!?」

 ――怒声。

 直後、過ぎっていた情景は一瞬にして別のものに塗り変わる。それは、蒼い海と優しい碧の瞳。
 昼間、海を前にハールと話したことを思い出す。区別がついていない、と。
(『頼る』と『甘える』は違う……)
 今、また自分は別のものを混同していなかったか?

 ――『逃げる』ことと、別の『何か』。

 水に長く浸していた顔を上げたかのように呼吸が途端に喉を通る。濁っていた思考が、たった一雫の記憶で澄み渡っていくのを感じる。
(あの時とは……)
 もう一つ過ぎった風景。潮風に揺れたペンダントの銀鎖。その先の紅が僅かに叩いた記憶の扉。

 これは――『リセ・シルヴィア』への唯一の道標。

(違う……!)

 そうだ、自分はあれからずっと『守りたい』、と思ってきたのではないか。
 『守る』ために、今自分ができる最善の行動は――――

「――ハール達呼んでくる! すぐ戻ってくるからッ!」

 走り出す音。応戦するため背後を窺うことはなかったが、振り向く必要はないとその音で悟った。
「……いい判断ですわ」
「行かせません」
 彼はリセを追おうとフェスタを抜けて後ろへ回ろうとする。が、フェスタから距離を詰め、それを許さなかった。間近に彼の顔。目深に被ったフードが花弁を乗せた風に揺れるが、茶色の前髪が微かに覗いただけで瞳を見ることは敵わなかった。
「それはこちらの台詞ですわ!」
 見えない顔を睨めつける。ナイフを薙ぐと彼の外套の裾を僅かに刻んだ。姿勢を低くし足を払う。しかし彼は後ろへ飛びそれを躱した。
「呼んだら貴女は早く宿へ戻って!」
 まだ声が聞こえるだろうとリセに向かって叫ぶ。恐らく、ハールなら誰かをつけて宿へ避難させるなり何なり上手くやってくれるはずだ。
「……貴男のお相手は私が致します」
 後ろへ飛んだ彼に合わせ、自分も下がり距離を取る。庇いながら戦う必要もなく、これで状況はフラットになった。言いながら、息を整える。戦闘など護身程度にしか覚えがない。今は彼が加減しているからこちらも傷を付けないよう注意を払いながら戦えるものの、本気でこられたら相手を気遣う余裕はないかもしれない。そして、自分が無事である保障もない。治癒魔法があるとはいえ、怪我の位置や具合が酷ければ必ず助かるとは言えないのだ。血を流すことは、避けたい。
「宿の場所、教えてください」
 フェスタのナイフによって裂かれた裾が風に揺れる。光を纏った花の破片が舞うなか、彼は再び淡々とした言葉を投げた。
「嫌だ、と申し上げたら?」
 張り詰めた空気には不釣り合いなほどに柔らかな桃色が二人を包む。はらはらと空に揺れては落ちる花びらが、静けさとともに地へと降り積もっていった。
「教えていただけるまで続けるだけです」
 彼が駆け出し、足元で淡く輝いていた花弁が散った。
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