Short Story
□安穏
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朝から忙しなく動き回っていた彼が落ち着いて座り込んだのは、おやつの前の少し空いた時間だった。
腹が減ったと騒ぐ船長に、おやつまで待て、と蹴りを入れて黙らせた彼は、ダイニングのソファに座って煙草を吸っている。
ゆったりと漂う煙が彼の疲労感を表しているかのようだ。
「…疲れてる?」
「ん?いや、そんな事ねぇよ?」
何かと気を遣う彼は笑って否定するけど、疲れているって事はお見通し。
向かいに座る私はのんびりと彼の様子を眺めてみる。
「……おれの顔に何か付いてる?」
向けられている視線に気付いたのか、彼は少し焦ったように顔に手を当てる。
何も付いていないと伝えると、そっか、と短く言って彼はテーブルに伏せた。テーブルの上に金髪が広がる。
特別な手入れをしていないというその髪は、潮風を浴びているにも拘わらず、輝きが衰える事は無い。
いつ見ても綺麗だな、と思う。
不意に、彼の名前を呼ぶ声が響いた。
腹が減ったと尚も騒ぐ船長が甲板から大声で叫んでいるらしかった。
彼は小さく舌打ちをすると、めんどくさそうに髪を掻き乱す。
「ったく、あいつは四六時中うるせぇな」
彼が身体に力を入れた瞬間、私は彼の手を引っ張った。
当然の如く、立ち上がろうとしていた彼の動きは止まる。
「ナミさん?」
彼はこの船の誰より忙しい。
彼はコックで、みんなのために働いている。
だから、二人でいられる時間が少ない事はよく分かってる。
「……もう少しだけ、ここにいて」
でも、たまには彼を独占したいと思ってしまう。
あと少しだけ、このまま穏やかでいたいと思う。
「…勿論です」
そんな私のわがままに嫌な顔を一つもしないで、彼は幸せそうに笑う。
彼は、みんなのコックさん。
だけど、今だけは私だけの大切な人。
End.