ぬくもり

□第2話
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ピチョン…ピチョン…

『ス…ウォン…』

スウォンと思えないほどの冷めきった瞳。顔から胸元に続く血。

『父上が…早く……スウォンも怪我して…早く医務官…を…』

「私は怪我などしていませんし、イル陛下はもう目を開けません。――私が殺しました」

スウォン…が……父上を…?

『嘘言わないでよ…私がぬけてる…からって…そんな嘘……それにっ…貴方はそんな事…出来る人じゃ…』

「…貴女は知らない。私が、この日の為に生きてきた事を」

私は震える手をおさえ上を見上げた。スウォンの言った通り、スウォンは怪我などしていなかった。そして右手には血がべったりとついた剣を握っていた。

『なんで…どうして……父上は貴方を幼い頃から…とても…とてもっ…可愛がって…スウォンだって…』

「そうですね。私もイル陛下が大好きでしたよ。争いを怖れる臆病者だと囁かれても、それが陛下の優しさなのだと。でも、そうではなかった。そうではなかったんです。私の父…ユホンを覚えていますか?」

スウォンの目がが一瞬悲しそうに見えた。

「父上は幼少時より勇猛果敢で利発。成人して軍を率いれば常に勝利を収める覇者でした。誰もが父上が時期国王になる事を望み、それを疑わなかった。そんな中10年前、先王が国王に選んだのは父ユホンではなく叔父のイルでした」

スウォンの父上……叔父上ではなく…私の父上が王に…

「誰もが理解出来なかった。ただでさえ王位継承権は長男にあるのに、なぜ軟弱な弟のイル様をお選びになられたのかと。しかし父上は笑っていました。私はそんな父上を誇り、深く敬愛した。いつか父上と共に戦場に立ち、この命を父上の為に捧げようと思って…いたのに……王位に就いた後イル陛下は実兄であるユホンを、殺害したのです」

『殺害…?違う…叔父上は事故で…!』

「表向きはそうですね。父上はイル陛下に剣で刺され亡くなった…わかりますか?武器を嫌い争いを避けていたはずのイル陛下が父上を剣で殺したのです」

父上が最も嫌った武器で――

「サクラ姫…だから私は10年前からこの日の為に生きてきた。父上の敵を討ち父上の遺志を受け継ぐ者として、私は、高華の王となる」

あぁ…これは夢だ。とても…悪い…夢だ。

『こんなの…嘘…だよ…』

だってスウォン…さっき笑って私に簪を…誕生日おめでとうって、私の髪好きだって…この簪をくれたじゃん…

「……貴女がこんな真夜中に起きていたのは誤算でした。自分の部屋から滅多に出ない貴女は陛下の部屋にも立ち寄ることはないと聞いていたのに。なぜ来たのですサクラ姫」

『言い…たくて…』

私は冷たくなっていく父上の体に触れながら震える口を開けた。

『スウォンに…キレイな簪…貰ったよって……私の赤髪にも似合うって……言ってくれたこと…を…伝え…たくて……』

「…………」

なのに…どうして……

バンッ!!

その時勢いよく扉が開いた。それと同時に沢山の衛兵が入ってきた。

「スウォン様!!」

「準備全て整いました。おお…これは…国王が…!では本懐を遂げられたのですね」

「ん?スウォン様この娘…サクラ姫では…」

そしてその衛兵の中の一人の男が私の存在に気づいた。

「姫に…まさか見られたのですか?ならば話は早いではないですか。殺しておしまいなさいスウォン様。姫の口を封じるのです」

嘘…私……このままじゃ殺され…

「このまま生き長らえても辛い思いをなさるだけでしょう」

「…………」

『ス…ウォン…』

私はすがる思いでスウォンを見つめた。だが、彼は剣を構えた。

駄目だ…このま…ま…じゃ……っ殺される!!

ダッ!!

「あっ」

私は震える足を無理矢理立たせ逃げだした。

誰、あの人は誰?父上を殺し私を殺そうとするあの人は――

スウォンじゃない。

私が慕ったスウォンじゃない。

ヒュンッバシッ!

『ぁ…っ』

ドサッ

急に足に何かが絡み付き私はその場に転んだ。そして私でも分かるような殺気。

「お覚悟を姫様。これも高華国の為なのです」

私は憎まれていたんだ……小さい頃から本当のお兄ちゃんみたいに優しくて…私が泣いているときはそばにいてくれて……ずっとずっと…この平和が続けばと…そう思ってた…

それだけを望んでいただけなのに…

皆の…笑顔を見られればそれで良かったのに――っ

ゴォォォッ!!

剣が振り下ろされる、その時。私の目の前に一人の男が現れた。

その人は私のよく知っている人。

「…今夜はスウォン様がいらっしゃるから邪魔者は遠慮したつもりだったんですがね。見張りだったはずの守備隊がここに勢ぞろいしてるし、見知らぬ輩もいやがりますし。これは一体、どういう事ですか?なあ…スウォン様」

『ハク…』

私はハクの名を呼ぶとハクは私の方を向き、そして跪いた。

「お傍を離れて申し訳ありません、サクラ姫様」

私の目はハクをとらえると大粒の涙を流し始めた。

『ハクは…私の味方…?それとも…』

「――…」

ハクは再び私に背を向けた。

「…俺は陛下からあんたを守れと言われている。何があろうと俺は、それに絶対服従する」

ハク…

「控えよ下郎。今より緋龍城の主となったスウォン陛下の御前なるぞ」

「…誰が、何の主だって?」

後ろ姿しか見えないけどハクが怒っているように見えた。

「どうも…嫌な予感がするんですがねスウォン様。イル陛下はどこにおられる?」

「――私が先程地獄へ送ってさしあげた」

ドカッ!!

ハクは大刀を地面へ強くついた。

「――酒にでも酔っておいでか?戯れ言にしては度が過ぎますよ」

「…サクラ姫に聞いてみるといい。その目で王の死を確かめられたのだから」

ガッ!!

「真実を言え…!」

「偽りじゃない」

「スウォン!!国王を弑逆しただと…!?お前があの優しい王を…!」

バッ…

「スウォン様ここは私が」

「下がっていなさい。近づけば首が飛びますよ。目の前にいるのはこの緋龍城の要、五将軍の一人ソン・ハクです」

「ハク…!?あいつが高華の“雷獣”と噂される…」

ハクの攻撃でおされたスウォンは再び剣を構える。

「…なぜだ?王位の簒奪か?いやお前は…そんなものに執着する奴じゃないだろう?武器を厭うか弱き王に刃を向けたのか?てめえの誇りがそれを許したのか!?」

「――か弱き王など………この国には必要ない」

ガッキン!!

何で二人が戦うことに…どうして……どうして…私達はどこから道を…踏み外してしまったのだろう。

「待て!!」

ザッ!

「そこまでだ」

声が鳴り響くと私達は衛兵に取り囲まれた。

「…スウォン。俺が見ていたスウォンは幻だったのか?お前なら…姫と共に幸せに暮らしていけると思っていた……」

「……貴方達の知っているスウォンは最初からいなかったんです。道を阻む者があれば切り捨てます。誰であろうとも」

聞きたくない…もう何も聞きたくない……聞きたくないよ……

ヒュッカッ!

その時一本の矢が飛んできた。

「矢!?一体どこから…」

グイッダッ!!

ハクはその隙に私を横に抱えて走り出した。

「しまった!逃がすな!!」










「将軍っハク将軍…っこちらです」

「矢はお前かミンス」

ハクは私をその場に下ろした。するとミンスは私の前にしゃがんだ。

「陛下が…」

「はい、さっきの会話を聞きました。姫様…陛下は…本当に亡くなられたのですか?」

『…………』

コク…

「……そうですか。申し訳ありません。どうしても信じられなくて……先刻まで姫様のお誕生日だと幸せそうに笑っていらしたのに」

そう言って頭を下げた。すると近くから私とハクを探す声が聞こえてきた。さっきの衛兵だ。

「見つかるのも時間の問題だな」

「私が逃げ道を確保します。お二人はこの城から脱出してください」

「それは…」

「緋龍城はスウォン様が率いてきた兵とスウォン様を支持する兵が集まりつつあります」

「捕まれば間違いなく殺される…か」

城から…脱出し……

『どこへ行くの…?私…宴の時…父上が泣いて喜んでいたのに……一言もありがとうって言わなかった…。ここは父上の城だよ……父上を置いて…どこへ…どこへ行くの……?』

ギュッ

次の瞬間、私は暖かいものに抱き締められていた。

「どこへでも行きますよ。あんたが生きのびられるなら。それが陛下への、想いの返し方です」

『…………』

そして暫くするとハクは私から離れた。

「ここから裏山に出られます」

「ああ」

ドタドタドタッ!!

「っ…私が引きつけます」

そう言ってミンスは足音の方へ向かおうとした。

『ミンス待っ』

「姫様…どうかご無事で」

それだけを言い残してミンスは走り去っていった。

これが私が見た最後のミンスの姿だった。
 

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