蜂蜜果蜜

□蜜三十滴
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ガッシャンッ!!

『……やっちゃった』

一瞬にして形を失ったお茶碗と湯呑み。白い欠片が畳の上に無惨に転がっている。

あーあ、やっちゃったよ。これ総悟と近藤さんから貰ったもんなのに。怒られちゃうよコレ。

私はそう思いながら割れたお茶碗と湯呑みを手で拾い集める。細かい破片も多く、もう元に戻りそうにない。

処分だな…はぁ…今日は近藤さん達が来る日だってのに…

『不吉だなぁ』

そんなことをポツリと呟きながら能天気に“あ、前髪はねてる”と思う。



既に不吉なことが起こっているのも知らずに。













スーッ

『おはよーございまーす』

「おはよーさん。今日もちっこいのォ」

『平子隊長は今日も残念ですね』

「残念!?残念ってなんや!!なァ惣右介!残念ってどーゆー意味や!?俺って残念か!?そんな残念か!?」

「残念と言われれば納得できますよ」

「どつくぞコラ」

「隊長が聞いてきたんじゃないですか。というかいつもより早く来たなら昨日終わらなかった仕事やってください」

終わってなかったのかよ。あんだけしつこく言われてたのに。私ぜってー手伝わねーから。

私は隊長から手伝いを要求されない内にさっさと自分の仕事に取りかかろうと、自分の席へ向かおうとすると藍染さんが何か思い出したように私に声をかけてきた。

「あ、月ノ瀬君。さっき真選組の副長さんからテレビ電話入ったよ。来たらすぐ連絡するようにだって」

『土方さんが?…今の聞かなかったことにしといていいですかね』

「駄目だよ。急ぎの用事のようだから早く連絡しなくちゃ。はい、リモコン」

『土方さんの急ぎの用=総悟の始末書なんですよ。もうアイツの面倒見るのは御免だ』

「気持ちはすごく分かるけど…」

そう言いながら同情の目を見せる藍染さん。そんな藍染さんの疲れの原因となっている男、平子隊長は知らんぷりをする。

「えーから電話してやれや。それに今日勲サン達来る日やろ?何かあったんとちゃうか?」

そーいや、朝一で来るって言ってたのにまだ来てないな。でも何かあったっつってもなぁ。向こうじゃ何かある毎日だからな。

『じゃあ一応こっちから連絡入れますけど…総悟関係のことだったらソッコーで切る』

「この前みたァにぶちギレて壊すんやないぞー」

『…刀は机の上に置いておきます』

「壊さない保証ないんかい」

『無いです』

「相変わらずの即答やな」

『ありがとうございます』

「ほめてへんがな」

『知ってるがな』

「それ反則やからやめィ」

いや、知らねーよんな反則。

私は隊長と下らない会話をしながら画面のスイッチを入れた。するとずっとそこに座っていたかのように、難しい顔をした土方さんがいた。

「おっせーんだよ」

『私はいつも通りの時間に出勤してきました。顔あわせていきなり文句言うのやめてもらえます?』

「電話もロクにでねーやつが生意気言ってんじゃねーよ。お前着拒してんだろ?俺の番号着拒してんだろ?」

『土方さんだけじゃなくて屯所全員の番号着信拒否してます。はい、ハズレでしたーざーんねーん』

私は腰に手をおきながら棒読みでそう言うと、土方さんの額に浮かんでた青筋がブチブチッと切れた。

「テメッ…何当たり前みてーな感じで言ってんだよ!!緊急の時用に着信拒否はやめろっつっただろーがよ!!不便なんだよ!オメーだけに連絡届かなくてスッゲー不便なんだよ!!せめて着拒は総悟と近藤さんのだけにっ……っ……」

“総悟と近藤さんだけに”、そこまで言って土方さんは言葉をとめた。そして罰が悪そうにタバコに火をつけて口に加えた。

「このクソ忙しい時に………電話くれェいつでも出れるようにしとけ」

『…………』

いつもと同じように見えて、違う。

何故かそう思えた。そしてこの感じは初めてじゃない。真選組に入隊してから何度も繰り返し味わった感覚。

嫌な汗が背中を伝う。

そしてその後続けられる言葉。

一つは、総悟の始末書が三徹しても片付かない。

もう一つは、これから討ち入りだ。

そしてもう一つは―――










「近藤さんと総悟が殺られた」

仲間が死にかけた時。








空気が、凍った。

『……誰にですか』

「確証はねェが恐らく最近江戸で出没している人斬り集団、“眼霍奪”(ガンカクダツ)。その文字通り突然目の前に現れ人の眼を奪ってく…イカれた奴等だ」

『そうですか』

私がいない間に、

「昨晩、屯所へ帰宅中の近藤さんの前に奴等が現れた。近くにいた総悟が即加勢したそうだが敵の中に一人ずば抜けた奴がいてそいつにやられた。目撃情報と山崎に調べさせた情報によるとそいつが眼霍奪の頭だ。昔は幕府に仕えてたそうだが、六年前幕府に裏切られてその憂さ晴らしに人斬りになったそうだ」

『要するにグレたんですね』

私が屯所を離れている間に、

「簡潔に言うとな。今月に入ってもう六件被害が出てる。そいつら全員両目がくりぬかれて血だらけになってる状態で発見されてる」

『悪趣味ですね』

私が、知らない間に。

私は画面の前に立ち尽くしていると、平子隊長が背を向けたまま口を開いた。

私が最も聞きたかったことを。

「勲サンと沖田クンはどんな具合なん?」

「…近藤さんは見た目ほど酷くねぇがまだ目を覚ましてねェ。総悟は…ったく…近藤さん庇ったのか知らねーが左目斬られてそのまま意識不明だ」

総悟の目が…

「そーか、まぁ運が悪かったんやろな」

「そっちの運はねーが悪運だけは強ェ奴等だ。その内目ぇ覚ましてアホ面下げて戻ってくんだろ」

「アホ面て酷いな〜副長サン。でも確かに殺しても死ななそうやもんな〜。……せやからあんま力むなや、桜チャン」

ギュッ

そう言うと、平子隊長はソファーに座ったまま顔を真上にあげ私の手を握った。

私の手のひらにはクッキリと爪の跡が残っていた。

『…力んでないですよ別に。ただムカついただけです』

何も知らなかった自分に。

私はぶっきらぼうにそう言うと平子隊長は困ったような苦笑いを浮かべた。

私は隊長の手をほどくと机の上に置いてある刀に手を伸ばした。そして土方さんの方を見た。

「つー訳だ…奴等は幕府に仕えてる腕のたつ人間を狙って犯行に及んでいる。近藤さんと総悟がやられたっつーことは次は…俺かお前だ。近藤さんはともかく総悟が正面からやってやられた。俺らでも敵うかは五分五分だ。こっちに戻ってくるかどうかは…自分で決めろ」

…敵う敵わないの問題じゃない。

「言っておくが副長命令じゃない。テメーで考えてテメーで答えろ」

これは………想いの問題だ。

『夜までに戻ります』

「…刀の手入れしとけ」

『はい』

私は手に取った刀を腰にさした。そして平子隊長の方を見た。

『一晩向こうに戻ります。いいですか?』

「良いも悪いもそもそもそっちが本業やろ。行って来ィや」

『…ありがとうございます』

「でもそんなに簡単に戻れるんですか?あの装置は未完成だと聞きましたが…」

「完璧に戻ることはできんくても一時的に向こうに行くことはできんやろ。後で喜助に頼めばえーだけのことや」

前に浦原さんが言ってた。あの装置は未完成だけど確実に完成に近づいていると。三十分でも十分でも五分でもいい。向こうに一瞬でも戻れるならそれでいい。

「俺が喜助ンとこ行って頼んだるわ。桜チャンは向こう行く準備しとき」

そう言うと隊長は立ち上がった。私も準備をしようと執務室の出口へ向かおうとしたとき、懐かしい声が画面の向こうから聞こえてきた。

「待ってくれ月ノ瀬副隊長!!!!」

「桜さんっ!!!!」

振り向いてみるとそこには、真選組隊士の面々が揃っていた。
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